【コラム】KAISERSの同期に花道を!

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 少し前の話になる。10月14日。私はわかさスタジアム京都で準硬式野球部の秋季リーグ最終戦を取材していた。試合後、何人もの選手たちに話を聞き、最後には握手を交わした。この日をもってグラウンドを去る4年生の部員たちだ。同期として特に仲が良く、私が声を掛けると喜んで取材に応じてくれる。カメラを向ければ張り切る。チャンスで凡退すると「打てなくてごめん」と謝ってくる彼らを取材できる最後の試合だった。グラウンドでは全力疾走を貫き、スタンドでは応援団とともに精一杯声を出す。私のような記者にも丁寧に立ち止まってあいさつをしてくれる準硬式野球部員の姿には心を打たれた。今季の全試合を球場で取材できたことを誇りに思う。「毎試合ほんまにありがとう」という部員たち対し、「いやいや、こちらこそありがとう」と言って手を握ったのを鮮明に覚えている。

 私も物心のついた時からスポーツに支えられて生きてきた。大事なことはスポーツから学んだ。つらくても簡単には逃げないこと。人に対する礼儀。チームワークの大切さ。そして、今もスポーツはかけがえのない「人と人のつながり」をもたらしてくれる。

 小学校ではソフトボール部だった私。自主練習の相手は50歳を過ぎた父だった。キャッチボールでは肩の痛みをこらえ、一球一球唸り声(悲鳴ともいうべきか…)を上げながら投じてくれた。

 人生初の骨折をしたときに励ましてくれた中学野球部の同期や先輩。練習ができない間に、打撃の技術本と動体視力を鍛えるPCソフトを貸してくださったコーチ。おかげで骨折するまでガス欠気味のノーコン投手だった私は復帰後、打力より選球眼を恐れられるニュータイプの4番打者に生まれ変わった。

 高校時代のラグビー部。全員が初心者だった正規の部員と、人数が足らず助っ人として試合に出てもらった他クラブの友人たち。体型も性格も負傷個所もさまざまな仲間たちと勝利の喜びを分かち合うべく、愚直に体を張った。最後の大会で1勝したときはうれしさのあまり涙を流した。懸命に走り切ったおまけとでも言おうか。「ひたむきに頑張る姿がかっこいい」と言ってくれる彼女もできた。(振られたときは悔しさのあまり涙を流した…)

 そんな私は大学でもスポーツから離れられず、関大スポーツ編集局(カンスポ)に入ることを選んだ。取材を重ねる上で仲良くなった選手もいる。選手たちの頑張りを見ているからこそ、私のような記者でも何か力になれないかと感じるようになった。
 そして、いつからか「勝てる記者」を目指してきた。KAISERS(関大体育会の総称)の活躍を発信するなら、自分が追いかけてきた選手たちを勝たせたい。それこそカンスポの記者としての使命ではないかと感じた。カンスポが選手たちに歓迎される理由が「取り上げてもらうとうれしいから」、「いいカメラで写真を撮ってもらえるから」だけではいけないと本気で思っている。
 同時に、自分が彼らとともに戦い、彼らの勝利を報じるにふさわしい記者であるかを常に問いかける。必死で肉体を追い込んで頑張っている選手たちと同じフィールドに立つ以上、私も記者として高みを追い求めなければならない。競技や選手に関する知識の獲得はもちろん、勝負の勘所や妙味をいかに感じ取れるか。写真と記事でその興奮と感動を表現できるか。いくつかの取材でそれを達成できたと感じることもあったが、「まだまだ力不足だった」と悔やむことの方が多い。

 「いつか俺の記事書いてくれよ!」とか「絶対試合に出るから、かっこいい写真頼むで!」と言ってくれた同期の選手たち。最近になって実現したこともある。もちろんどの選手にも活躍してほしいのだが、長く見てきた同期への思い入れは強い。そんな素敵な同期たちの活躍を追い、一緒に戦うことができるのもあと少しだ。今日もカメラを持って、フィールドに向かおう。【吉見元太】