【コラム】私とスポーツとカンスポ

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「柴ちゃん(私のあだ名)正直、部活やめると思ってた」。これは中学の頃にテニス部で共に過ごした、幼馴染の言葉だ。テニス部に入部した理由としては、小学生の頃にテニススクールに通っていたからということと、友達が入部したこと。そして痩せるためであった。私自身、正直に言うと運動神経は悪く、足が偏平足であったこともあって走るのも遅く、すぐに疲れやすかった。それになんとなくテニス部に入った私だ、特に「上手になりたい」とか「試合に勝ちたい」という目的もなく、ただ練習をこなすだけの日々。私以外の同期全員が出ている試合に出られないことも少なくなかった。練習試合では後輩にも負けることもあった。もしかするとテニスを続ける意味がなかったかもしれない。実際、指導に来ていたコーチからは諦められていたのを感じていた。しかし「やめたら本当に負けだ」という変な意地があり、とにかく3年間続けることになる。引退後、もうスポーツはたくさんだと思った。

引退してから特に勉強することもなく、またもなんとなく過ごす日々。そしてなんとなく大学附属高校への進学を決めた。本来の志望校に受験することなく終えた高校受験。しかし高校に進学し私自身が大きく変わる。入学を控えた春休み、テレビで初めて高校野球を観戦。あまり年が変わらない高校球児が活躍しているのを見て心打たれた。競技にかける情熱。仲間との絆。とても輝いて見えた。そして「甲子園」という目標をめざしてひたむきに頑張る高校球児。その姿を見てなんとなく日々を過ごしている自分に終止符を打たなければならないと考えるようになる。まず「大学進学」という目標が私にもできた。そして「またスポーツに関わりたい」という気持ちがくすぶり始めた。高校はスポーツが盛んな学校で、現在KAISERSで活躍されているOBも多い。当時私は特進コースに在籍しており、一見スポーツとは程遠いと思われる。実際私自身も高校時代は帰宅部だ。だが、放課後や夜遅くまで練習する運動部員の姿を見て、私も勉強を頑張ろうという気持ちになった。

今でも忘れられない瞬間がある。テレビで見た2013年の楽天の優勝だ。田中投手と嶋選手のバッテリーを中心に囲み、喜びを分かち合う選手たちを見て、「スポーツってこんなにも熱いんだ」と改めて実感する。ここからプロ野球に興味を持つことになり、スポーツへの考えが大きく変わった。また勉強面でも変化があった。成績が上がり始め、関西大学が合格の射程圏内に入り、担任から受験を勧められる。担任自身も関西大学出身だった。関西大学と言えば、阪神タイガースの岩田稔選手やフィギュアスケートの織田選手や髙橋選手を輩出したスポーツの名門校。また時代に流されず、飾らない校風にも惹かれ、合格に向けてますます勉強にも励んだ。そして、ついに関西大学政策創造学部に合格することができた。

入学してから数日は、部活動やサークルを決めかねていた。その時、後に尊敬すべき先輩となる上級生が声をかけてくれ、カンスポの説明ブースに連れて行ってもらうことになる。話を聞いて、「スポーツに関わりたい」、さらに「誰かの力になりたい」という私には入部まで時間はかからなかった。現在入部から4ヵ月が経つ。カンスポの仲間やKAISERSの選手、スポーツに出会いたくさんのことを学んでいる。一生懸命試合や練習に取り組む選手の姿を見て、「この感動を発信したい」と考えるようになった。だが、発信するためにも、まだまだ難しく感じることが多い。例えば記事を書くための文章力や写真技術など。時には叱られるようなミスをしてしまうこともある。しかし、苦い経験も含めてカンスポの部員としての経験は私にとって財産だ。これまで関わることがなかったスポーツにも出会い、スポーツの面白さがまた一段と理解できるようになった。また無駄だと思われた、中学時代の経験も生きている。今思えば、後悔も多いが「やり続ける」ことが大切であるということに気付くことができたのだ。

まだまだ学ぶことがたくさんある。カンスポの部員として、そして記者として、できるだけたくさんのことを吸収していきたいと思う。私は1つのことを吸収するのにとても時間がかかる。また得意・不得意の差が激しい。しかし困難があっても逃げることなく向き合いたいと思う。そしてこれからもKAISERSのことをより深く知っていきたい。「試合の感動や選手の活躍を発信したい」。これが私の原動力だ。仲間や取材をさせていただいているKAISERSの選手の方たちへ感謝の気持ちを忘れることなく、これからも活動していきたい。【柴村 直宏】