【関大スポーツ編集局】振り返り

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「体育会と言っても所詮は赤の他人なのに…」入部してしばらくこんなことを考えていた自分はカンスポに馴染めなかった。ずっと周りとのギャップを感じていた。メジャー競技に惹かれず、その好成績を部員と共に心から喜んだり、応援したりできない。関大の勝利、敗北に心から感動するカンスポ部員を斜めから冷めた目で見ていた。最もカンスポに向いてないタイプの人間だったと思う。取材は全て義務感から行っていた。

そんな自分を変えたのは担当競技の存在だ。ヨット、航空、フェンシング、バドミントン、レスリング、ゴルフ、学生スポーツでこれらを思い浮かべる人は少ないだろう。いわゆるマイナースポーツを担当したが、不満は全くなく、メジャーでないことはむしろ自分に向いていると思った。ただ、その多くはルールが難しい。理解するために勉強はした。分からないと取材が出来ないから。それだけの理由だった。それでも各部の方々はとても取材を喜んでくれ、義務感から取材していた自分が申し訳なかった。

2年生で班長となったこのころから取材は義務ではなくなり、担当競技への責任と愛着が生まれた。マイナースポーツのルールが分かるようになると、その楽しみを独占している感覚がたまらなかった。中でも最後となったレスリング取材では特別な経験をした。取材が楽しくなったとはいえ、これまで一度も声に出して応援したことは無かった。しかし、そんな自分が自然と頑張れと声を出している。信じられなかった。赤の他人のために心から応援することができるようになる。そんな部活に入ってよかったと本当に思えた。

 

 

引退間際、カンスポの魅力を身をもって感じることができた。最後の最後ギリギリセーフだ。間に合ってよかった。【水上壮平】