【野球】決勝の舞台で完敗も、関大野球部が「一丸突破」で見せた夢

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◇第五十回記念明治神宮大会◇対慶大◇11月20日◇明治神宮野球場◇

慶應200 000 042=8
関大000 000 000=0

(慶)髙橋-郡司
(関)森翔、肥後、高野-久保田拓

1(中)安藤大
2(三)関本
3(一)上神
4(遊)野口
5(左)吉川
6(捕)久保田拓
7(右)倉川
8(二)坂之下
9(投)森翔

最終打者の関本英実(政策4)の打球が中堅手のグローブに吸い込まれる。その瞬間、慶大ナインがマウンドに集まって歓声を上げた。がむしゃらに目指し続けた「全国制覇」の夢には、あと少し及ばなかった。

明治神宮大会決勝まで上り詰めた関大が最後に迎えたのは、優勝候補・慶大。プロ入りを4人抱え、東京六大学では全勝優勝に王手をかけた超強豪はやはり強かった。

関大の先発は森翔平(商4)。初戦からの3連投も、「張りはあったが気持ちで」と、最後のマウンドに意気込んで向かった。

初回、いきなり慶大のパワーがさく裂する。ヒットで走者を許すと、打席には4番郡司。追い込んだ5球目を完璧に捉えられると、白球はそのままレフトスタンドへ。強風に煽られながらのツーランホームランに、「これがプロか」と、森翔はドラフト4位選手の実力を見せつけられる。

それでも、「2点ならまだいける」。気持ちを切り替えると、その後は安定したピッチング見せる。ランナーを背負いながらも三塁には進ませず、一つ一つ丁寧にアウトを重ね、仲間の援護をひたすら待ち続けた。

しかし、関大打線は相手エース・髙橋に手も足も出なかった。打球はほぼ全て内野ゴロに打ち取られ、前半戦を全て三者凡退に抑えられる。5回裏には、久保田拓真(社2)が振り逃げに成功したかと思われたが、際どい判定はアウト。反撃の糸口すらつかめない。

追加点を許すまいと、力投を続ける森翔だが、8回表に連打でピンチを広げられると、早瀬万豊監督がマウンドへ駆け寄る。「自分へのイライラややるせなさに終始泣きそうだった」。遅咲きの左腕の大学最後のピッチングは、やり切れないまま終わりを迎えた。

8回途中から代わってマウンドを引き継いだのは、肥後皓介(人4)。昨日の東海大戦ではキレのある投球を披露したが、この日は「アウェイにのまれた。雰囲気に負けてしまった」。打席には、初回に本塁打を浴びている郡司。2球で追い込むも、慶大の迫力ある応援が肥後を揺さぶると、右方向へのタイムリーでランナー2人を返される。なんとか2死に追い込むも、8番瀬戸西の中越適時打で走者一掃。4失点でリードを広げられた。

なんとしてもチャンスをつかみたい関大だが、ヒットどころか出塁すらできず、このままでは完全試合を決められてしまう展開。この嫌な流れを断ち切ったのは、頼れる4番野口智哉(人2)だった。8回裏、この回先頭の野口は初球から豪快なフルスイングで攻めの姿勢を崩さない。そして、捉えた3球目を左前打とすると、思わず4番も塁上でガッツポーズ。ゲーム終盤の初ヒットに、ベンチやスタンドも歓声を上げた。この好機を逃すまいと、打席に送られた代打・原拓海(法4)は、センターへのヒットでチャンスを広げる。4年生の意地でついに得点圏にランナーを進めた。


△野口


△原

続く6番久保田拓は、東海大戦で逆転の3点打を放った前日のヒーロー。流れに乗った大きな一打を全員が願ったが、打球は遊撃手のグローブへ。決死のヘッドスライディングも実らず、まさかのダブルプレーとなる。

それでも、まだ2死三塁。代打には、この1年間苦しみながらもチームを率いてきた主将・松島恒陽(人4)が送られる。スタンドから響き渡る松島コール。「打席に向かうまでに色んな思い出が流れて、スタンドを見て泣きそうになった。この打席を大事にしようと思った」。3年前に初めて神宮に来た時も代打だった。あの時と変わらず、持ち味のフルスイングで一打を狙う。バットに当たったボールはサードへ。三塁手がポロリとボールをこぼすと、「勝手に飛び込んでいた」と一塁ベースにスライディングするも、判定はアウト。土だらけの体に顔をしかめながらも、「これからも一生忘れられない打席」になった。

最終回は、高野脩汰(商3)がマウンドへ。森翔、肥後、そして高野。この1年間チームを支え続けたピッチャーでつなぐリレーに、観客の声援もいっそう大きくなる。すぐに2死に追い込むも、右中間へのタイムリーを浴びて2失点。涙を浮かべながら、次世代エースはベンチに戻った。

0-8で関大は最後の攻撃を迎える。代打・西川将也(人3)がセンターへのヒットを放ってラストチャンスをつくるも、上田竜也(政策4)が三振で倒れる。そして最後のバッターは、2番関本。4年生の秋でスタメンを獲得した男の打球は快音とともにセンターへ。そのまま中堅手が取り、ゲームセット。関大ベンチやスタンド、全員が見守る中で慶大はマウンドに集まった。


△西川


△上田


△関本

東京六大学の壁はやはり高かった。ここまで上り詰めたが、最後は完敗。それでも、関大として47年ぶりに初戦を突破し、関西勢22年ぶりに決勝に駒を進め、新しい歴史を刻みつけた。

力投で勝利を呼び込む投手陣、下級生を中心とした打線、それを全力で支えた4年生のサポート、そして日本一の応援。全員が口をそろえて言う「一丸突破」を、グラウンドとスタンドが体現し、全国に爪痕を残したのだ。

「全国制覇」まであと一歩迫ったこの経験とたどり着けなかった悔しさは、次の代に受け継がれた。今度こそ悲願達成を。夢を叶える新たな戦いが、また始まる。【文:松山奈央/写真:松山奈央、高木満里絵、中西愛】

~~~試合後のコメント~~~
▼早瀬監督

「選手たちと素晴らしいスタンドに囲まれてここまで来れた。リーグから4回生を中心にやってきた。このような素晴らしい場所でプレーを披露できてやりがいがある。盛り上がった姿を届けることができた。こういう点差にはなってしまったが、これから悔しさを力にしないと。もう力になっているかな。(慶應は)柳町、郡司の2人には特に注意しろと言っていたがいきなりやられた。郡司は8回も当たっていて良いバッターだなと。完璧に打たれたが、打たれた中でも森は立ち直って素晴らしいピッチングを見せてくれた。打線がバックアップできずじまいだった。ピッチャーの高橋は独特なカーブとスライダーで最後まで合わせられず、打たせてもらえなかった。(決勝は47年ぶり)こういったチャンスはなかなかない。競ったゲームをモノにできたら良いなと思ってはいたが。(リーグから振り返って)春から秋と厳しい1年だったが4回生の素晴らしいバックアップがあって良いチームになった。プレー面ではまだ野球としてのレベルアップは必要。完敗というようなゲームは今までなかったので。4回生はこれで終わりで、残されたベンチメンバーやスタンドのメンバーがこれからどうするか。ここまで来たからには次は優勝を」

▼松島恒主将

「1戦1戦大事に野球をしようという思いでやってきて、ここまで来れたのは本当に幸せ。最後まで野球ができたし、忘れられない時間。自分が試合に出た時は、これが大学野球最後の打席と分かっていたし、最後の打席っていうのは人生において忘れられないものになる。悔いのないように、自分の持ち味であるフルスイングで。結果がどうであれ、自分なりのスイングができた。神宮に初めて出た1年生の時も代打で、最後もここに来ることができて代打で終わったのは縁を感じた。応援すごかったし、3年前とも2年前とも全然違った。今までで一番ゾーンのようなものに入ったというか、それに近い状態だった。今の4回生に出会えてよかったし、打席に向かうまでに色んな思い出が流れてきた。練習しているのとか、つらいのも嬉しいのも、4回生とやってきたのが流れてきた。本当にいい応援で、間違いなく日本一。スタンドを見て泣きそうになった。その中で打席に立てたのが一生の宝物。これからも一生忘れられない打席。打席では、ただただボールに食らい付いて、ランナーを返すことだけを考えていて、集中を超えた状態だった。絶対セーフになりたくて、勝手に(一塁ベースに)飛び込んでいた。1年生の時ベンチに入れず、肥後と本城(本城円=人4)がベンチに入っていた。3人いつも一緒にいたけど自分だけ入れなくて、それがめっちゃ悔しかった。どうにか入ろうと、オフでもジムに行ったり練習したりしたし、授業に行かずに練習していたこともあった。1年の秋の新人生でなんとかスタメン出場して、そこでホームランを打った。秋のオープン戦ではAチームに入って打ちまくって、そこでもホームランを打った。そして秋リーグで開幕スタメンになってずっと出たが成績はあまり良くなくて、試合に出たり出なかったりになって。その年の神宮で、2死三塁のチャンスで代打出場して左中間のツーベースを打った。それが明治との試合で、今年は同じ六大学の慶應との試合。相手もチームのエースで、状況も一緒で、全く同じで何かを感じた。3年前を鮮明に思い出した。2年生の時は調子が良くて。秋リーグで近大に負けたら終わりの場面で逆転ホームランを打って、そこから全勝して、関西地区予選でもホームランを打った。その年の神宮はスタメンで出たが3打席3三振で、悔しすぎて何かを変えないとと思っていたら全ての調子が狂っていった。キャンプで何かを変えようとやっていたらオープン戦で打球が飛ばなくなって、なんとか抜け出そうと悩んだが、上手くなるためには悩みも必要だと思ってずっと我慢してきた。3年生のリーグも出たり出なかったりで、どうにかしようとしたが、そう簡単にはいかなかった。(スローガンについて)昨年は正直、一丸になっていない、まばらな感じはあったから勝てなかったのかと思って。チーム力を上げるという意味も込めて。そういうのを見てきたから今の4年生は『自分らはもっと頑張ろう』と言っていたし、自然と練習をする人が多かった。考えて野球をやらないと、とずっと思っていた。自分は言葉で伝えるのは下手だが、そういうのを見てくれていたのかな。キャプテンになるかもという覚悟はしていた。キャプテンになるのは初めてだったし、何冊もリーダー論の本を読んでみて、最後にたどり着いたのは、本を出している人はその人だし自分らしくおろう、という結論。もがき続けた1年だった。自分の理想通りにプレーで引っ張ったり出場したり、そういうのができなかったのが悔しい。春の最後にけがをして、あのけががなかったら、野球が好きな自分に気付けていない。野球ができることにありがたさを感じたし、けがの間は野球がしたくて仕方なかった。準優勝という歴史を残した実感はない。けがしてからは1日1日大切に生きようと思ってやってきた。自分がキャプテンをしてきて何が2位につながったのかは全く分からないが、もがけて良かった。チームに全てを捧げたわけでもない。自分は出れていない立場だから、出れるようにもがいたのがチーム力につながったのかな。苦労を苦労だと思わずやってきた。苦労は絶対に通る道。(これからについて)引退しても野球をしていると思う。野球が好きだし、自分の居場所は野球だから。(次の世代に向けて)関大にはすごい応援の力がある。この環境で野球をできることに感謝して、伝統も大切にして。裏切らない努力はないし、野球じゃなくても何かしらの形になる。絶対に諦めないこと!」

▼森翔

「正直張りはあったが気持ちで。絶対に取られてはいけない先制点をあげてしまった。その後は1人ずつ1人ずつ。絶対に点を取ってくれると信じて投げ続けた。調子は悪くなかったが、後は次のピッチャーに頼むだけだった。あの一球にも、勝てなかったことにも悔いが残る。ピンチの場面で気持ちで負けたら終わり。ピンチの時こそ攻めようと。疲れとかは言っていられないし、気持ちだけでいった。全部は出しけれていない。リーグ3戦目とは違うワクワク感。3戦目が決勝だし、疲れも飛んでいた。慶應がめちゃくちゃ強いわけではない。近大の方がバッティングはすごい。郡司はこれがプロかってなった。2点ならまだいけると切り替えた。みんなイケイケじゃなくて、いつもと雰囲気が違った。整列の時に泣いてしまった。自分のイライラしたし、やるせなさで終始泣きそうだった。このまま終わりか・・・という感じ。今振り返ったら4年間が楽しかった。神宮は楽しめなかった。ミーティングが終わって、みんなの顔を見たら泣けてきた。(同期へ)4年間一緒に野球をしてくれてありがとう。一緒にできて良かった。ここまで来れたのは同級生や下級生のおかげ。いい経験になったし、優勝できなかった悔しさを次につなぐ」

▼肥後

「アウェイにのまれた。2点のままでいけたら、1本あったら流れにのれていた。(慶大・髙橋は)コントロール重視のいいピッチャー。雰囲気に負けた。8回の慶應の流れを抑えれたらチャンスがあった。慶應相手でも何も変えずに普段通り攻めていこうと。調子のいい球を打たれたのは実力不足。神宮は最後まで残れて楽しかった。みんなの切磋琢磨してこれた。ピッチャーみんなで成長してこれた。春無理に投げて勝てず、勝てないのがしんどかった。肩も日に日に痛くなっていった。春リーグ終わってから休めばいけると思っていたが、思ったよりだめだった。肩も上がらないし、夜も寝れないし、夏もほぼ投げず治療ばかりしていた。8月に入って、秋リーグで投げるためにキャッチボールを始めて、8月中旬に実践に入ったが、まだ痛みもあって思うように投げれず、これでは秋に投げてもチームを勝たせられないと自分で決めてみんなに託した。正直泣いた。でも神宮に連れて行ってくれる気しかしなかったし、信じていた。高野には、自分の責任でこうなってしまった悔しさと申し訳なさばかり。負けた時に『すみません』と言われたのは心にきた。みんな本当に頼もしかったし、勝ってくれて嬉しかった。投げたいなあと正直うらやましかった。投げれない分応援しようと思ったし、初めてスタンドに立って応援のすごさを実感した。翔平(=森翔平)は4回生だから特に声を掛けていた。この1年で一気に急成長してくれたのは嬉しかった。リーグ近大2回戦は、昨日の東海大戦より嬉しかった。正直負けたと思ったし、終わりかなと思った。意地を見せてくれて、なんとかつながって感動した。秋の京大戦後から本格的にキャッチボールを初めて、日に日に距離が伸びていくうちに、投げれる嬉しさを感じた。本当に嬉しかった。優勝してから一気に詰めた。神宮のベンチ入りも直前だった。今年の春以来のリリーフ。勝ちたいという気持ちだけだった。ベンチ入りには不安もあったが、きっちり3連投した(笑)。神宮で勝てたことが嬉しい。神宮で勝ったことで、今まで敗退ばかりだったが後輩に新しい景色を見せれた。自分は神宮に連れて行ってもらえたことに感謝しかない。でも目の前で優勝を決められるのは悔しい。チームメイトが支えてくれた。このチームじゃなかったらここまでやれていない。嬉しさも悔しさもあるが、関大で良かった。4年間やってきて良かった。(今後について)社会人野球はワクワク。やり返したいし、日本一を取りたい。高野には、来年やり返してほしいしプロに行ってほしい。不安もあるが楽しみ。翔平へのメッセージは、4年間ありがとう。けがの間は自分が支えた側だったかな。森のおかげで成長できたし、苦しいのも乗り越えられた。助け合ってここまで高野と3人で来れた」

▼高野
「肩を作り始めたのは7回に。後半出場あると聞かされてた。悪くはないけど本調子ではない。きのうよりは変化球は入った。森さん肥後さん抜けてだいぶそうは薄くなるが、しっかりみんなで力つけたいです。投げ込みで。変化球増やすのと体重増やすのと体を柔らかくする。ひじの調子を戻す。他のリーグ、主に関東はレベルが全然違う。自分たちのレベルを知れた。関西で通じても関東では通じない。まだまだチームとして仕上がってない。冬しっかりトレーニングしたい。森さん肥後さんは関西に留まらず通用していた。2人に追いつけるように頑張りたい」

~~~4年生のコメント~~~
▼丸山喬之学生コーチ(法4)

「ここまで来れると思っていなかったから、悔しいよりも嬉しいが大きい。関東のチームは強かったが、次こそは後輩たちが勝ってくれるはず。(4年間振り返って)4年間のうち、3回神宮に行けて最後準優勝で終われた。選手時代は同じ高校出身でひとつ上の高橋さん(高橋佑八=18年度卒・現大阪ガス)がいたりして、レギュラーを取るのは難しいと思っていた。2年の秋にチャレンジリーグに出て、そこを区切りに違う気持ちでやっていこうと思って学生コーチになったが、なってよかったと思う。(神宮で印象に残っていること)決勝の前に時間があり学歌を歌うために並んだとき。このために戦ってきたんだなあと感慨深かった。(4年生は)みんなが仲良くしっかりしていた。それぞれが自覚を持っていて、引っ張る力があった。(後輩へ)準優勝というところまで、ここまできてしまった。悔しい思いはベンチやスタンドの後輩たちはみんな知っている。次こそは勝って優勝してほしい」

▼上田

「やっと終わったなという気持ち。副キャプテンとしてチームのことをずっと考えていてしんどいことも多かった。変わりたいと思ったことや、もう1人増やしてほしいと思ったこともあった。人の嫌なことばかり目についてそんな自分も嫌で、春リーグまでは辛いことが多かった。このチームの中では引っ張るタイプではあったから、やる覚悟はあったが想像以上のしんどさがあった。そんな中で、6月の総合関関戦を4回生中心にやって、それがきっかけで考えや気持ちが変わった。仲のいいやつたちとプレーができて、野球が楽しくてやっぱり好きだな、ずっと続いてほしいなと思えた。(以降)夏のオープン戦では監督やコーチの言うことを徹底してチームとして成長した。秋は、どこで負けても仕方ないと割り切ってやれた。(神宮は)高校で甲子園優勝をしていて、準優勝と優勝ではやっぱり天と地の差みたいに思うところはある。悔しさの方が大きい。関東はレベルが高かった。狙い球がこず最後は打てなかったが、そんなところも自分らしいな(笑)。(4年生は)初めはバラバラで。3年生のときは自分たちが最上級生になったら最強やな、とか言い合っていたけどいざ上になって、下級生に多く試合に出られて、悔しい思いもいろいろした。でもだからこそ一丸になれた。とくに近大2回戦での逆転勝ちで一気にまとまれた。(後輩へ)めちゃくちゃ練習していて、信頼のおける後輩たち。決勝までこれたのも後輩たちに連れてきてもらった。これからチームとしてやることも多くあると思うが、良いところは引き続き継続して、新しいことも取り入れて、次こそ日本一になってほしい」

▼倉川竜之介(文4)

「神宮も楽しかったし、4年間も楽しかった。2年前よりもスタンドがより一体となっていた。2年前は自分の結果で一喜一憂していたが、今はチームの結果のために。これだけ応援してくれて、そんなみんなの分までやろうと思って。みんなのおかげでここまで来れて、最高の場所で引退して、負けちゃったが幸せ。この4年間でやり切った。昨年よりどう考えても弱いし、こんなところまで来れるとは。一丸となればここまでやれると証明できた。個人的にはだめだったが、団結力を学べた1年だった。自分の結果が出たら嬉しいが、チームで勝つ嬉しさを体験できた。同期には感謝しかない。自分も出たいのにサポートをしてくれて、結果が出なくてもスタンドから声を掛けてくれて。みんなのおかげで楽しめたし、このメンバーじゃなかったらここまで来れていない。こんな同期は他にいない。(後輩に向けて)試合に出ているのもほぼ後輩で、力を借りてここまで来れた。ありがとう。決勝で負けたということは足りないところがあるというだし、来年もここに来いということ。『全国制覇』という目標が近くなったし現実的になった。神宮で経験したことをチームに伝えて、メンバー外の子は今年の4年生のように全力でサポートしてほしい」

▼里泰成(情4)

「勝っても負けてもこれが最後だからやっぱり楽しく、笑って終わりたい、勝って終わりたいという思いはあったが、最後は大差で負けてしまった。ここまでこれたことは本当に嬉しいけど、最後に慶應がマウンドに集まる姿を見て悔しさが大きくなって、思わず涙が出た。昨日は東海大との大一番でタイブレークを総力戦で制して決勝にいけることになって。関東とのレベル差はそこまでないと思うが、ピッチャーの一球一球やゲームへの考え方が一回りも二回りも上だった。高校の時、甲子園でも郡司選手(慶應大)と戦って、その時自分はレフトで。ホームランを頭上越えて打たれて、(今日と同じで)デジャヴやなあと(笑)。(ここまで振り返って)2年の春にメンバー入りしたが、秋に途中でメンバー交代になって、神宮はスタンドからの応援で。悔しさがあったし、そこでプレーしたいという憧れが大きかった。(プレーしてみて)応援がすごい。緊張しても仕方ないなという気持ちでいった。(力強いエールを送っている印象)初めはそんなに声は出していなかったがら後輩がプレーしやすいような環境を作りたいと思って、そこで僕らが出来ることを考えて、次第に大声出して応援するようになった。(4年間)早かったが、楽しかった。同期と過ごした練習の一日一日が大切な時間。特に総合関関戦は印象的。3年の秋に出た時たくさんの人に応援してもらって、4年の時には普段しのぎあって、応援してくれている仲間がはつらつとプレーしていて、そんな心の底から応援できる仲間と出会えた。(4年生は)一般入学とスポーツ推薦の壁は最初は必ずあるけど、そこの溝をなくした方が良いとずっと思っていて、そこは早い段階でなくなっていた。同期は自分にとって家族くらい大事な存在。頼りになる人がたくさんいて、刺激し合えた。(後輩へ)何かやってくれるんじゃないかという期待感に溢れてる。チームを引っ張ってくれる頼もしい存在。今日の負けは悔しいが全国制覇を目標にやってほしい。メンバー外の選手にも良い選手はたくさんいるから腐らずに、強い気持ちでやってほしい。こうして学生野球を過ごして、学生でしか味わえない素晴らしいチームをつくれて本当に良かった」

▼森山

「悔しい。優勝したかった。高校の時も最後は地方大会の決勝で負けて、今日と同じ準優勝という結果で終わって。ここまでこれた嬉しさがある反面、今度こそは最後は優勝で終わりたかった気持ちが大きい。(関東は)東京遠征などで関東のレベルが高いというのは実感していた。慶應は力の差がかなりあるので、僕らが勝つとしたら接戦に持ち込んで競り勝ちという形と思っていた。普段から関東は強いと言われていたから今年こそ関西が勝って関東の壁を崩したかった。向こうはバッティングがすごい。ピッチングはこちらも森がいて、ケガ明けではあるけど肥後や高野がいて頼もしい。打線でつないでどこまでやっていけるかの勝負だった。今日は追い込んでも相手が粘り強かったし、こちらは打てず空振り三振が多かった。アウトになるにしても質が違った。(4年間)スポーツ推薦で入学して、地方から来たこともあって、まず部員数が多いことに圧倒されたし、大阪という強豪の中で甲子園常連校出身の選手も多い中、とりあえずベンチ入りを目指そうとやってきた。試合に出れない日も多かったが、充実していたし楽しかった。(リーグに出たのは)3年のとき。4年では就活しながらで苦労も多くて、チャンスはあったけど結果は出なかった。それでも悔しいというよりやり切った気持ち。辞めたいと思ったこともなかったのは野球が好きという気持ちがずっとあったから。それは一生の宝物。(目指していた選手)1年生のときどういう選手になりたいかと思った時、応援される選手になりたいなと思った。努力してる選手がそうだと思ったから、先輩の良い面だけを見て、例え結果が出なくても努力することは欠かさずやってきた。(4年生は)チームがまとまっていた。応援の力が団結力に変わっていた。みんな仲が良くて、推薦組は少し早く練習に参加していたけどその中でも溝はなくて初日からみんなと打ち解けて。威張る雰囲気がある人もいなくてまとまりやすい学年だったな。(印象に残っていること)1回生のとき、アフターをしないといけなくて、そういう雑用や仕事をしんどい中でも残ってみんなやっていた。上の学年になったとき、そういった1年の時のしんどさだとかを乗り越えたから良い学年になってチームを引っ張れた。(後輩へ)頼もしいしみんな慕ってくれる。プレーをしやすいようお互い声掛けもたくさんした。今日勝てなかった分、春でも秋でも、できれば両方優勝してほしい。関東のチームに勝って日本一を成し遂げてほしい」

▼原

「(打席について)いつも通りを意識して。緊張するかと思ったが、落ち着いていろいろ考えながら、自分をコントロールできた。(野口の)初ヒットの後で盛り上がっていたので、場面が熱くさせるだろうと。7回まで見てきて、真っすぐを狙った。ヒットでつながればと思って打席に入った。なんとかチャンスが広がれば流れがくるかなと思っていた。リーグで結果は出ず、なんとかしたかった。左ピッチャーは得意で、相手投手は良かったがそう思いすぎないように。最後の打席だと思っていた。(ヒットで)仕事を終えたなと。(チームについて)リーグ戦からずっとやってきて、いいチームになったというのが1番の印象。神宮に来ても変わらずに雰囲気を保てた。1つ1つの積み重ねで決勝までこれた。(自身の役割は?)バット引きをやっていたが、下回生がプレーしやすいように声をかけながらやった。落ち着かせて、悪いほうに行かないように。今回は下回生に連れてきてもらったという印象。自分たちの代でも行って、あと1つ勝ってほしい。坂之下とかは、春ベンチ入りをしたとき落ちつけてなくて、自分のプレーができていなかった。これまで十分声をかけたつもり。もう必要ない。手放しにできる。成長してくれた一人。(4年間を振り返って)神宮に行きたいと思ってはいたが、正直準優勝のメンバーになれたことに実感はない。試合に出るのが理想だが、ベンチで声を出したり一仕事したりすることが自分の役割。2年生の時は自分も試合に出れるように頑張ろうという感じだったが、4年生になって自分にできることをしようと。後輩たちがやりやすい声や姿を見せることに努めた。いい場所で終われた。4回中3回神宮に来れて、なかなかできない経験だと思う。(後輩へ)誰かのためを思って野球してほしい。そういう思いでやっていた。そうでなかったらここまで来れてない。自分のためにやることはできたが、自分がこうなりたいという前に誰かのためにやっているときのほうが力が出た。応援してくれる人のためとか。親も今日から来てくれていた。ヒットという結果になって良かった。(同期について)全員が仲がいい。4年生で切磋琢磨しながらやってきた。自主練をみんなしていた。自分1人だったらできていない。野球が終わることはさみしくないが、このチームでできなくなるのはさみしい。ここまで来れて良かった。」

▼本城円(人4)

「自分の立ち位置を理解して、機会は少ないと思っていた。結果1打席だったが、応援してくれる人のために。正直、春までは『なんで俺出さんのや、俺出んかったから負けた』と、練習してきて自信を持っていたからそう思っていた。だから春はあまり悔しくなかった。それから進路でつまずいて先輩とかいろんな人の話を聞いて、今のままでは人として成長できないなと。どこか自分の実力不足だと思うようになった。秋は本当にみんな勝ちたいと思っていた。出れなくても勝てたらいいやと思えるようになった。メンバーの下級生は練習をめちゃくちゃしている。自分が1番しているのではなく、みんなやっていて。『こいつらが出てあかんかったらもういいかな』と思える後輩だった。野球に対して取り組む姿勢を勉強させてもらったし、成長させてもらった。あいつらが僕を変えてくれた。全員に感謝している。2回生は学年関係なく絡んでくれた。それがかわいかったし、感謝。(メンバー外の後輩は)BやCの子もAに上がりたいと、残って練習していて、いい刺激がもらえた。そういう子たちに積極的に声をかけた。練習補助をお願いしたら、文句1つ言わずいつも手伝ってくれたし、バッティングについても聞いてきてくれた。そういう子らがスタンドで声を出してくれて、試合後に自分のことのように喜んでくれて嬉しかった。だからこそ結果で恩返ししたかった。(同期は)めっちゃ好き。これから年を取っていっても集まりたい。ずっと会いたい。さみしい。今日で最後の実感が湧かない。試合が終わった瞬間、僕自身あまり泣かないが、気づいたら泣いていた。なぜかはわからないが…。学歌で泣いた。そのくらいみんなのことが好きだった。いろいろ助けてもらった。この学年で関大に入って、この代で野球ができてよかった。この学年が1番いい」

▼倉橋望(情4)

「決勝にいけた時点で嬉しさが大きくて、自分はこれで野球が最後だけど悔いはない。(試合振り返って)最初にホームランを打たれてやられてしまった感はあるけど、その後は0に抑えて。ビハインドの状況ではあったけど、チーム自体は諦めてなかったなと思うので、春からやってきた関大のやってきた野球はできた。(4年生は)センターラインに下級生が出ている中でも、4年生がよく引っ張っていってベンチで誰よりも声を出していた。自分が唯一4年生からベンチ入りをして、他のメンバーはその前から出ていて、みんながそういう役割が染み付いているんだなと感じた。だからこそ下がついてきてくれて、下がここまで連れてきてくれた。そういうのも含めていいチームだったなと思う。(率先してチームを盛り上げていた印象)声が純粋に大きいのもあるし、自分がチームに求められているもの、貢献できることを考えた上で、声っていうのが一つの武器になると思ったので率先して出そうと思った。高校からやっていたことで、当たり前のことを当たり前にやっていたのが今の状況。(下級生へ)できすぎた後輩、というのはあるけれど、今の4年生のいいところはいいところで見習ってもらって、何か持っている後輩もたくさんいると思うから、自分たちの中の直していかないといけないところは直して。もっと新しいものを出していい形にして今よりいいチームになれば、力のない代と言われた自分たちも準優勝できたから優勝も遠くはない」

▼大島領太郎主務(文4)

「やっと終わってホッとした気持ち。ここまでこれたことは出来過ぎかなと思えるくらい。能力的には低く一番弱い学年と言われていた。そこから始まった学年が予想以上の結果を残して、嬉しい気持ちだし達成感でいっぱい。(最終学年主務として)3年間はマネージャーとしてやってきて、4年目は主務になって。チームの顔になって責任を感じた。それでも、やりがいが多かった。(神宮は)最後の3連戦ということでものすごく濃い2泊3日だった。チーム自体は下級生中心で、ベンチにいた4年生もほぼ出ていなかったから、ベンチには同期がいて、グラウンドには下級生が頼もしくプレーしていて、みんなでチームを作っているなと思えた。(ここまで)近大1、2戦目で入院して引退を覚悟していた。それでも、2戦目で逆転勝ちして、選手がここまでつないでくれた。(4年生)仲のいい学年。メンバーとメンバー外の間で、『ありがとう』っていう言葉が素直に飛び交っているような関係の良さがあって、打ち解けた仲だった。(同期は)三浦はマネージャーとして一番多くの時間を過ごした。2人でチームのことをいつも考えていたし、三浦には自分にないものがあって人として尊敬できた。(マネージャーは)高校時代はプレーヤーだったが、大学からはマネージャーとして頑張ろうと。野球が好きだったから野球部に入った。マネージャーの仕事にはじめは引目を感じていたこともあったけど、いい人にも恵まれて、いい意味で違った良さもあって楽しくなってきた。特に主務はチームの顔で、自分の行動で評価が変わるし、チームの動きをいつも考えていた。やりがいのあった4年間だった。(後輩マネージャーへ)マネージャーの仕事は評価されなくて難しいと思うけど、やっていることはすごいし、いないと成り立たない存在だから自信を持ってやってほしい。言われて動く仕事も多くて、どうしても受け身になってしまうけど、その中でも自分の考えや信念を持って、自分発信で進めていくことが大切だから頑張って欲しいと思う。(プレーヤーへ)4年間、野球部にいてよかったなと思えるように。今年の4年生もそういった人がほとんどだと思うから、そんな選手が増えてほしい。そういうチームになれば、ありがとうという言葉も増えて、心の底からお互いを応援できるようになる。そして最高の舞台で今回みたいにプレーできるようになれる」

▼三浦寧々マネージャー(文4)

「今日の試合は最後だから楽しもうと思って臨んだ。苦しい試合だったけど、今野球ができているのはうちと慶應だけなんだなあと思ったら感慨深くて。(最終学年は)放送委員をやっていたからこれまでチームに帯同するということはあまりなかった。大島が入院したとき、4年生がベンチに入ってほしいと言われたけど放送委員に反対されて叶わずで、そういうこともあって、チームとして戦いたい気持ちが大きかった。放送委員を引退して、最後の代表決定戦ではマネージャーとしてチームとして戦えた。(4年間振り返って)うまくいかないことは多かったし辛いことも多かったけど辞めたいと思ったことはなかった。大島をはじめ同期の存在や、先輩の存在が大きかった。そんな先輩が今日駆けつけてくれて、喜びの中で再会できて、今まで怒られたことや思い出がいい形で消化できて、いろんな先輩方やスタッフの方から声をかけてもらってそれを実感した。(今年のチームは)初めは衝突が多かった。立場的に選手と話すというよりはスタッフ側に寄っていた部分もあり、等しく寄り添えていたかは分からない。でも、春にあった問題を秋までに解消しようと思っていたから、いろんなことに本気でぶつかれた。そうしていくうちに、選手の話が今年になって分かるようになった。補助メンバーには就活中に衝突したこともあったけど、それでもマネージャー室にいつも声をかけに来てくれて。恒陽(松島)についていったけど、その中でもみんなが一人ずつ一丸になるために変わっていったんだなと思う。(同期の存在は)言いたいことがあるのに言えてなかったときは大島に相談して、背中を押してもらってできた。1回生のころはそこまで信頼関係があったかは分からないけど、自分がしんどいときに『大丈夫?』って声をかけてもらったことが嬉しくてそれがすごく印象に残っている。マネージャーとしてたった一人の同期で、背中を押してくれることが多かったし、大島がいなかったらここまでこれていないなと思う。(後輩は)大好きで、まだもっと頑張ってほしいと思うし、自分が同期も上下も男子ばかりだったから、放送委員の直属の後輩の須田や松田は広報のことでいろいろ相談したり頼りにしていた。(伝えたいこと)選手やマネージャーの中でも、それぞれが各立場でいろんな形でチームに貢献していることが今回の神宮でより分かったと思う。それが分かったみんなだからこそ、それぞれの立場にいる他の人の気持ちが分かると、見える景色が全然変わることを伝えたい」