【アメリカンフットボール】同校対談vol.2桜宮高 吉田圭汰×倉川竜之介

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不定期連載「同校対談~高校生だったあの頃~」の第2回はスポーツの強豪として知られる桜宮高等学校から、アメリカンフットボール部・吉田圭汰(商3)と野球部・倉川竜之介(文3)に登場してもらいました!高校時代、2人はどんな生活を送っていたのでしょうか…?

ー桜宮の野球部はどんな感じだったんですか?
倉川 人が多いですね。150人くらいおって。

ーやっぱり厳しいですか?
倉川 1年生の時はだいぶ厳しかったですね。
吉田 1年生だと白靴制度っていうのがあって。小学校の時とかにあるじゃないですか、あんまりかっこよくないダサい靴を履かされたりとか。
倉川 食堂もそうで、あと帽子…。高校生ってちょっと型つけたりするんですけど、それもいじったらだめとか。鞄の紐短くしたらだめとか。
吉田 こんなんでいいんかな(笑)
倉川 そんな感じです。

ー1年生の時は、先輩は怖かったですか?
吉田 最初は怖かったですけど、時間が経つにつれてコミュニケーションが取れるんで。最初だけですね。
倉川 誰でもかれでもあいさつしてました。他の部活生でも、部活してないような人でも。
吉田 同級生にもあいさつとかしてたし、坊主の人はとりあえずあいさつみたいな(笑)。
倉川 剣道部とかね。

―お2人ともスポーツコースに?
吉田 そうですね、2人ともスポーツコース出身です。
倉川 スポーツコースは全員部活に入ってます。
吉田 学校自体が体育会の風習があるんで、大体8割は入ってますね。

ー印象に残っている思い出は?
吉田 桜高といえば体育祭。めちゃめちゃ盛り上がりますね。もう一大イベント。

ーそのクラブ対抗リレーで陸上部に勝ったと書かれていましたが?
倉川 (陸上部に)毎年負けてるんですよ。でも僕らの時勝てたんで、もう思い出に。
吉田 僕が1走目で、くらがアンカー。最初勝ってたんですけど途中で抜かされちゃって。で、最後にくらがアンカーで抜いて1位になって。

ードラマチックですね!
吉田 めっちゃドラマチックだったんですよ!
倉川 めっちゃ思い出残ってますね。楽しかったです。
吉田 うん、楽しかった。でも僕は1走目だったから、結構プレッシャー。よーいどんとかバクバクだったんで。
倉川 アンカー楽ですよ。抜かすだけなんで。前やったら抜かされる心配あるけど、後ろやったら抜かすか無理かしかないんで。全然緊張せず、楽しかったです.。
吉田 さすがです。
倉川 でもリレーとか大学でまったくないんで、やってみたいなって。
吉田 体育祭欲しいっすね。部活対抗とか。
倉川 絶対楽しい。

ー高校時代の思い出ベスト3に書かれているキャンプ合宿とは何ですか?
吉田 体育科の3クラスが全員行く合宿で。それも入りたてやな?
倉川 入学して3日くらい。
吉田 キャンプに連れてかれて、同級生もよう分からんままで。なおかつ3年生の体育科も合同でするんで。
倉川 とにかく怒られる実習ですね。
吉田 色んな部活で混ざって、ご飯作ったり、テント組み立てたり、道開拓したり。

ー道を!?
吉田 山で生活するんですよ
倉川 道を作ろう、みたいな。しかもめっちゃ怖いです。ちょっとしたことで怒られます。あいさつとか。まず「何部や」って聞かれて。
吉田 その時点でまず怒ってる。
倉川 野球部って言ったら野球部の先輩出てきて。

ー同期との絆深めようというイベントではない?
吉田&倉川 そんなんじゃない。
倉川 厳しさを覚えようっていう合宿です。

ー野球部の合宿は、どんな感じだったんですか?
吉田 野球部の夏合宿で恒例なんですけど、館長がやばい人。多分そっち系の。オールバックで常にオラオラで、金のネックレスで。喋り方もやばくて。
倉川 ご飯中一言でも喋ったら怒鳴り声が飛んでくる。館長の部下みたいな人がいて、怒鳴ってくるんですよ。
吉田 あったあった(笑)。
倉川 喋ってたらその人が怒られるから、僕らに怒鳴ってくるんですよ。
吉田 泣かされたりする人もおったよな。プラス、下級生は無条件でご飯食べなあかんっていう。残したらだめ。
倉川 7杯か8杯は最低でも。
吉田 くらはキャラ勝ちしてた。
倉川 上手く生きてたから。食ってるフリする。
吉田 そういうずるい所あるんすよ。言われないんですよ、先輩からも。
倉川 ゆっくり食っといて。誰が食うかじゃなくて、全員で全部食べたらOKなんですけど。それがえげつない量なんで、結局下級生に回ってくる。
吉田 2とか3升くらいあったよな。それを全員で食べる。僕とかほんまに食細かったんで。必死に隠れて、ちっちゃい体をさらにちっちゃくして。バレへんように食ってるフリしたり。食えへんと思ったら、汚い話なんですけど、ズボンのポケットに突っ込んだりして。
倉川 みんなしてたな(笑)。

ー変わった練習などはありましたか?
倉川 横に河川敷があるんですよ。そこをひたすら走るみたいな。
吉田 最高の立地でしたね、指導者からしたら。
倉川 川も坂もあるし。特に1年生の時は河川敷でしか練習してないです。
吉田 5、6月くらいまでユニフォーム着させてもらえんくて。体操服で50人くらい全員で列なって一生河川敷走ったり。そんなんばっかしてました。何してるんやろなあって。つらい時期でしたね
倉川 でも一番覚えてますね。

ーその間は、バットもボールも持ってないんですか?
吉田 持ってないですね。
倉川 やってキャッチボールくらい。
吉田 「ボールや!」みたいになったもんな(笑)。「ボール触れる!」みたいな。

ー部活の練習頻度は?
吉田 え、毎日(笑)。
倉川 テスト期間だけ休みで、1週間。それ以外は年末年始ちょっとだけ。
吉田 基本週7ですね。年末年始に10日くらい休みがあって、それとテスト期間の1週間前は休みで。夏休みあった?
倉川 夏休み・・・。
吉田 1日あったかな?まあ、そんなレベルで。ほぼないっすね。

ー他に何か記憶に残っていることは?
倉川 よく掃除してる人がいましたね。欠点3つ取ったら練習に参加できないルールがあって。先生に怒られたりしたら1か月掃除って制度もあって。僕らの学年はそれが非常に多かったですね(笑)。

ー実際に掃除されたことは?
吉田 あります(笑)。審判の講習会みたいなのがあって。僕ら2年生の時やって。先輩とか、くらとかAチームの子らは練習できてて、大体同級生の子らはスタンドで見てるだけなんですけど。正直おもしろくないじゃないですか(笑)。めんどくさいなあみたいな。で、ちょっと気抜いて一瞬寝てしまった所を監督に見られてて。僕と何人かが「あいつらは今日から練習させん」って。1カ月くらい掃除してました。

ー倉川さんもありますか?
倉田 僕、1回遅刻か寝坊かでありますけど、長い期間はないですね。遅刻したら1日だけ掃除なんですよ。それで1回あっただけで。他はなかったと思います。

ー掃除はあるあるなんですか?
吉田 掃除はあるあるやんな?
倉川 あいつ「はまった」なあって。
吉田 桜高語なんかな?
倉川 分からん。
吉田 怒られたなあとか、そういうのが、あ、「はまった」みたいな(笑)。
倉川 これは長いわあみたいな。

ー勉強面はいかがでしたか?
倉川 欠点取らないように頑張ってました。
吉田 僕は欠点2個取って、朝練は参加できませんでした(笑)。
倉川 (笑)。
吉田 結構やらかしてましたね、高校時代(笑)。

ー野球人生で厳しかったのは高校時代ですか?
倉川 間違いなく。
吉田 高校時代ですね。
倉川 拘束時間がまず長いんで。今はもう全体の練習時間が3時間とかで終わって、あと自主練とかなんですけど。高校の時はそんなん有り得なかったです。

ー高校と大学で大きく変わったことは何ですか?
倉川 自主性じゃないですかね。大学は自分で考えてやらないと試合にも出れないし。考えてやった人だけが生き残れる世界だなあって。高校やったら、もうとにかくやらされるんで、能力あったらいけるけど。大学は能力があっても、自分で考える力がないと試合にも出れないなってのは感じますね。
吉田 時間の使い方かな。勉強や部活の中の限られた隙間の時間を、どれだけ上手く使うかが大切だと思います。自分のことを研究したりだとか、筋トレしたりとか。シーズンになると、相手のスカウティングしたりとかが大事になってきて。特にアメフトは準備8割のスポーツなんですよ。そういうのが大学になって変わりましたね。
倉川 生活面だと、バイトをしていることですかね。高校の時絶対できなかたことなんで。
吉田 僕家遠いんで、1人暮らしを今してて、なんでも1人でしなきゃあかんていうことで。結構身の回りとかなんでもしてます

ー関大からスポーツ推薦の話が来た時はどう思われました?
倉川 僕の場合は野球部にこっちから言って見てもらってOKもらったんで。行きたかったんで、決まった時は嬉しかったです。
吉田 くらが結構大学から話が来てて、関係者の人が見に来てたんで、「なんかでっかい所から、くらのとこに来たんかな」とか話してたら、急に呼ばれて。監督が「喜べ、関大のアメフト部から推薦が来たぞ」って(笑)。
一同 (笑)。
吉田 「え、なに!?」みたいな(笑)。アメフトのアの字も知らんかって。とりあえずびっくりしましたね。
倉川 みんなびっくりですよ。前代未聞。「なんで?」って。

ー初めてアメフトを見た印象は?
吉田 とりあえずでかすぎるやろ、みたいな(笑)。めっちゃでかくて、なんや、この人らってなって。でも最初の練習会に行った時に話しかけて、フランクな感じというか。大学スポーツ自体が結構フランクな感じなんですけど、特にアメフトってアメリカの文化も結構繋がってて。野球とは別の味があるというか。アメフトに対してプラスなイメージがありました。

ーどうしてアメフトから話が来たと思いましたか?
倉川 けいたに来たってことは足速いからやろなあって。
吉田 足だけは、そうですね。
倉川 でも全然今より細かったし。
吉田 ガリガリでした。
倉川 全然ちゃいますよ。別人(笑)。
吉田 成人式行ったりしたらみんなにびっくりされるくらいのレベルです。

ー関大に行こうと決断された理由は?
吉田 僕自身、春まで試合出てたりしてて。けど、話が来る1週間前くらいに手首のけがをしちゃって。もう野球できひんくなって、精神的にも不完全燃焼で。でも、アメフトっていう別の競技で、自分の一番自信のある足を生かせるってことで、違うステージでもう1回チャレンジしたくて。アメフトしようって決めました。

ー大学に入ってからの接点は?
倉川 1、2年生の時、中国語が一緒だったんで、そん時に。
吉田 SF外国語クラスがあって。割とこの前まで一緒でした(笑)。
倉川 クラス15人くらいなんで、みんなで喋ったりして。すごい人ばっかだったんで、頑張ろうって。

ー桜宮の先輩後輩とつながりは?
倉川 関大野球部の先輩くらいです。
吉田 後輩2人おるんで、2人と喋って。あとは隆広さん(山本隆広=人4)。野球部ってあんまり筋トレしに来るイメージないんですけど、隆広さんはパワージムに結構いて。アメフト部は常にパワージム占領してるんで(笑)。
一同 (笑)。
吉田 本当にストイックだなあ、ってそういうイメージですね。そんなに話はしないですけど、あいさつとかは。

ーお互いの部活へのイメージは?
倉川 大学から違うスポーツやるのはすごい。普通そんなん挑戦できないことなんで。しかも試合にも出て。すごいなあって思ってます。
吉田 2年生の春くらいから4番とか打ってたりして、同級生でスポーツ推薦で、すごい刺激も受けたし、その反面負けてられへんなって。密かにライバル心を(笑)。高校の時、僕は結構足に自信あったんですけど、初めて負けた思いをさせられたのが倉川で。ライバル心はありました。
倉川 いつもタイム計ったりとか、競い合ったり。50メートル走とか、塁間のタイムとか。競い合ってたイメージありますね。

ーライバルだったんですね。
吉田 足だけですね、ぼくは(笑)。足以外は全部敵わないんで。
倉川 いやあ、体も負けてます。

ーお互いの高校と大学のイメージは?
倉川 高校の時は、ちっちゃいっていうか、細い。今はでかいってイメージ。見た目が1番違います。
吉田 高校の時から野球がすごい。僕らの代の中心メンバーで、くらがおらな勝てんってくらいの選手やったんで。その野球面の凄さっていうのは継続されててすごいなあって。

ー倉川さんは高校時代も4番を?
吉田 違うんですよ!高校まで1番とか3番やって。「えっ、くら4番なん?」みたいな感じなんですよ。結構先頭とかだったんで。
倉川 僕も一番自信あるのは足なんで。実は今も1番打てたらいいなあって思ってるんですけど(笑)。
吉田 びっくりしたもんな、くらが4番って。
倉川 去年まで多田さん(多田桐吾=人4)が絶対1番やったんで。

ーちなみに吉田さんは何番だったんですか?
吉田 何番打ってた?
倉川 1番とか9番。足速い打順を打ってましたね。

ー試合には結構出ていたんですか?
吉田 くらは1年生の秋からずっとスタメン。
倉川 1年の秋っすね。
吉田 僕はちょこちょこ。スタメンとスタメンじゃない狭間というか。ベンチには入ってました。
倉川 秋も春もスタメンやって、1年の時も結構入ってたくない?
吉田 ちょいちょい入ってました。

ー高校生の自分へメッセージを。
倉川 もっと意識持ってやれよ、って言いたいです。今だから言える。もうちょい考えてやったら、もっと伸びたなって。
吉田 もっと体のケアとか、自分を大切にしろよって。痛いのも騙し騙しやってて、そういうのとか、もっと正直に言ってたら、もっと自分を大切にしてたら、夏の大会も出れたかもしれないし。

ーそうしたら、もしかして今も野球を続けていたかもしれないですね?
吉田 それはないっすね(笑)。元々高校でやめるって決めてたんで。

ー高校時代に戻りたいですか?
倉川 最後の1年、もう一回やりたいですね。3年生。楽しかったんで。1年生はもういいっす。高3だけで。
吉田 絶対戻りたくない。絶対嫌です(笑)。9割方辛い思い出しかない。

ー最後の大会が思い出に残っていると書かれていましたね。
倉川 負けた試合ですね。今でも思い出したり。延長までいってめっちゃ悔しい負け方したんで。それめっちゃ覚えてますね。

ー吉田さんが副将になったことについてはどう思われましたか?
倉川 いやあ、もう、びっくりですよ。そんなんやるとは思ってなかったですね。どっちかっていうと外からガヤをいれるタイプ(笑)。まさか前に立って何かしてるとは思わなかったです。
吉田 自分らの代で話し合って決めるんですけど、僕は立候補で。幹部候補と話し合って決めました。
倉川 多分みんな衝撃ですよ。桜高時代を知ってる人からしたら。
吉田 少しでも僕にできる何かでチームを変えたい、チームを引っ張りたい、という思いがあったんで、副キャプテンに立候補しました。

ー倉川さんも中心メンバーとして活躍していますが?
倉川 責任感は去年1年感じました。2年生の時は何も考えずやってて、結果も付いて来て。3年生になった時に、責任感というか、「僕が打たないと勝てないな」って思いだして。成績もどんどん下がっていって。去年ちょっと悩みましたね。苦しいというか、打てなかったし、チームも勝てなかったし。

ーお互いの試合を見たことは?
倉川 ないんです。
吉田 ないですね、なかなか。見に行きたいなって思うんですけど、機会が無くて。
倉川 アメフト見たいですね。
吉田 でも神宮は一瞬だけ携帯で見ることができて。「あ、くら出てるわ」ってなりました。

ーラストイヤーに向けて意気込みをお願いします!
倉川 チームのことで言えば全国制覇で、個人で言えば首位打者をもう1回獲ること。あと、外野手でベストナイン取ることですね。
吉田 外野やもんな…。内野のイメージ。1番ショートのイメージが大きすぎて。外野もそうなんですけど、(昨年まで)ファーストやってたじゃないですか。「え?」って。大学になって、くらに対してびっくりすることばっかで。
倉川 去年まではショートに古川さん、セカンドに多田さんがいて、もうずっと固定やって。僕が出れる所がファーストしかなかったんで、ファーストで勝負しようと思って。で、今外野やってるのはファーストだけで次のステージに進むのが難しいんで、外野手もできたら視野が広がるかな、って思ってやってます。
吉田 僕は、学生日本一を達成するために、副将としてチームを引っ張って、オフェンスリーダーとしても。去年オフェンスであまり良い所を見せられなかったんで。自分が先頭に立って、日本一のオフェンスユニットを作れるように頑張っていきたいと思っています。個人としては、ベストリターナーを目指してやっているんで、今年こそは絶対ベストリターナーを取りたいです。

ー頑張ってください!ありがとうございました!【企画・構成:松山奈央、長尾洋祐、高木満里絵】


◇吉田圭汰(よしだ・けいた)1997年(平9)4月9日生まれ、大阪府和泉市出身。164㌢、71㌔。商学部3年生。趣味はカフェに行くこと。


◇倉川竜之介(くらかわ・りゅうのすけ)1997年(平9)10月1日生まれ、大阪府吹田市出身。170㌢、74㌔。文学部3年生。最近ハマっていることは、ボーリング。