【コラム】カンスポ部員としての3年間

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人生が大きく変わった3年間だった。小、中、高の7年間ソフトテニスに打ち込んできた自分がまさか選手にインタビューをし、記事を書き、写真を撮る広報活動に勤しむとは。今思えばかなり大きな決断だった。その経緯を振り返ってみると、自分がメディア専攻だからとか、記者に興味があったとか色々出てくるが、根元にあったのは「まぁスポーツ好きやったらなんとかなるやろ」。軽い気持ちだった。

そんな中途半端な気持ちがあったからだろうか、1年生のときはただ、作業のようにこなしていただけに思う。先輩に言われたように動いていた。他の同期の様に「この表現の方がいいと思うんですけど」と先輩に主張することもなかった。

2年生になり、班長を持たされるようになってから少しずつ気持ちの変化が起こった。あるとき先輩が「担当班長次第で部活が取り上げられるかどうか大きく変わる」と話して下さった。まさにその通り。取材に行くか、企画を行うか、新聞に掲載しようと思うか。それは全て班長次第。自分は、アイスホッケーやテニスなど戦績を残すクラブを多く任され、自ずと責任感が生まれた。そうすると、自然にどういう記事を書こうか、Twitterに載せる写真一つにしろ、いい加減ではなくなる。一つ一つが重い。

そして取材にはどの競技も前年よりは一回でも多く向かうことを自分で決めた。すごく小さな変化だけど積み重なって少しでも「やる気があるんだな」ということを伝えたかった。(実際はよく取材先では「疲れてますね」、「しんどいんですか」、「目赤いですね、大丈夫ですか」と言われたのだが、やる気がないと思われていたのなら非常に申し訳なかったです。)

そうした行動が徐々に実ったからかラストイヤーでは感謝の言葉を多くもらった気がする。ただ、そうした声をもらったのも自分一人の力では無い。企画一つにしても、インタビューをする人、カメラを撮る人、文字起こしをする人、たくさんの人の力が必要になる。取材を行くにしても、一人だけで全て行くのは不可能だ。時には無理を言って嫌な役回りをさせたかもしれないけど、快く協力してくれた同期、後輩には感謝しかない。そして、自分の取材を快く受けて下さったKAISERSの皆さん、ありがとうごさいました!【三木勇人】