【陸上競技】丹後7位。土肥駅伝主将率いる男子ロングの1年に幕

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◇丹後大学駅伝・第80回関西学生対校駅伝競走大会◇11月17日◇丹後地域コース(京丹後市~与謝野町~宮津市)8区間84.1km◇

【結果】7位 関大 4時間27分40秒
(1区9.0km:小柳、2区7.7km:笹部、3区7.0km:村田、4区9.8km:筒井、5区12.3km:土肥、6区13.3km:坊池、7区13.3km:中村、8区11.7km:藤家)

曇天の空の下、選手たちの目からは次々と涙がこぼれ落ちた。全日本大学駅伝の出場を逃してから半年間、丹後大学駅伝に向けて練習を重ねてきた。6月の全日本予選会に出場したメンバーが4人以上けがなどで外れるなど、「かなり苦しい駅伝になるのは分かっていた」(武田駅伝監督)。昨年の4位を超えることはできず、土肥祐貴駅伝主将(化生4)率いる男子駅伝チームの1年は幕を閉じた。

1区は「前が見える位置で渡すのが仕事」だった小柳太郎(人3)。途中から大粒の雨に打たれながらも12位で2区へ。「他の選手に比べて実力が足りなかった」と冷静に分析した笹部力(社3)は前半の難所と呼ばれる七竜峠の坂で苦戦。それでもそのままの順位をキープ。


△陸上競技部も応援バスで駆け付ける

紫紺の襷(たすき)を肩にかけるのは最初で最後。3区の村田龍哉(人4)は「初めての駅伝で緊張もあったんですけど、しっかり4年間頑張ってきたことの力を出し切りたい」と3日前に決まった大役を果たす。順位を2つ上げ、強風吹き荒れる第3中継所へ。徐々に雨も止み、海からの潮風に耐えながら4区の筒井諒太(化生1)も10位のままタスキリレー。

△村田


△村田(左)、筒井

昨年、次期駅伝主将としてこの日と同じ5区を務めた土肥は、区間4位のペースでチームを8位に押し上げる。10年に渡る競技生活を終える土肥にとってのラストラン。「ラスト1キロくらいから応援してくれて、親とかもラスト400とかで応援してくれて、その時はすごい走りながら泣いてしまって」。襷(たすき)を渡しながら、6区・坊池一真(商1)の背中を強く押し出した。1年生ながら最長区間を任されるも、1つ前を走る京大との差を10秒縮めた坊池。そのまま追い抜き1秒のリードで4年生中村祐介(シス理4)の待つ第6中継所に駆け込んだ。


△土肥


△坊池

中村が紫紺の襷(たすき)を運ぶ中、第7中継所で待つ最終区・藤家大介(人3)の肩には白地に黒のラインの襷(たすき)が掛けられていた。第6中継所では関大、京大の後ろ14チームが既に繰り上げスタート。先頭走者通過後10分のタイムリミットは刻一刻と迫る。しかし、集大成として「最後まで全力で駆け抜けたい」と大会前にコメントを残していた中村。残り19秒で中継所に滑り込み、襷(たすき)をつないだ。最後は藤家が8番でゴールテープを切り、他大学の繰り上げスタートによって関大の総合結果は7位となった。


△藤家


△左端から小柳、笹部。中村(右から2人目)

けが人の多さから、チームとしてベストメンバーで挑めず。2年間全日本を逃し、厳しい1年を駅伝主将として引っ張って来た土肥。2週間前に開催された秩父宮賜杯第50回全日本大学駅伝対校選手権記念大会の日本学連選抜チームとして唯一全国の舞台を経験し、「大会の雰囲気だけでもチームメイトに味わってもらえたらって思ってたんですけど。それ以上に自分がなんか走ってるときにすごい応援してもらって自分が助けられた」。涙をこらえながら感謝の気持ちを話した。関西3強を崩しそして、全国の舞台へ、つながれた襷(たすき)の思いとともに、4年生の意志は後輩たちに託された。【文:谷満梨奈/写真:三木勇人、谷満梨奈】

▼武田駅伝監督
「男女とも夏合宿のあたりからけが人が多く出て、例年以上の結果を求めて、練習の厳しさとか長い距離を走るとか合宿の時間も長くして、いい練習をしてきたが,自己管理とか、コンディション管理のところでうまく結果に結び付かなかった。予選で主力で走ったメンバーが4人以上外れている。かなり苦しい駅伝になるのは分かっていた。男女ともレギュラーじゃない子たちがチャンスを得て、走ったという経験については来年につながると思います。駅伝を走らないと分からないことがあるし、自分の力を知ることができない。結果については経験不足が出たかなと思います。主力にけが人がいるので元々の力はこんなものではないんですけど、ただけがも含めて実力ですので、どう改善してベストコンディションで大会に挑むかというのを見ていかないとけないと思います。この順位に慣れてしまってはいけないのでやはり、悔しさを大事にしてそれを努力して変えていけるようにしたい。去年まで上位の3チームと前半は戦えていたので、今の状態はかなり悔しい結果ではあります。次の予選会の6月に向けて、今日悔しい思いをした分、明日から気持ちを切り替えてやっていきたい」

▼土肥駅伝主将(5区)
「ずっと目標は去年4番だったので3番を目指してやってきたんですけど、結果は7番。もともとけが人が今回も多かったのですごい難しい戦いになると思ったんですけど。その中で今回初めて走る選手が多かったんでその中ではみんな頑張って走ってくれたと思いますし、サポートに回ってくれた選手とかも頑張ってくれたと思うので、なんとか7番という結果。良くはないんですけど、耐えた結果だと思ってます。(最後の1年は)自分自身もなかなか調子を上げることが出来なくて、チームとしてもなかなか上向きになることがなかったんで、苦しい1年になったんですけど。やってきて自分自身成長できた部分もありますし、こういう立場になることによって周りの人から支えられてるというのを改めて実感できたのもあるんで。自分自身も成長できましたし、チームとしてもはじめて走った選手もたくさんいたので次に向けては1回沈んでしまいましたけど、次に向けてやるためにはなったかな。(ラストランについて)前日、あんまり最後っていう実感がないっていうか、これで最後やなって思うんですけどそこまで感情的になることはなかったんですけど、ラスト1キロくらいから応援してくれて、親とかもラスト400とかで応援してくれて、その時はすごい走りながら泣いてしまって、そこでやっと実感。ちょっと遅いかもしれませんけど。最後にいろんな方に応援されて自分がここまで頑張ってこれたんだなって思うんで。次の区間が1年生なので、できるだけ走りやすい位置であまり負担をかけずに渡したいと思ってたんですけど、最後負担かかる位置だったんですけど。ひとつ前に京大の選手がいてその選手が強い選手なんで、そこに追いつこうと思って走ってて、最終的に10秒9秒差くらいつけられたんですけど、詰めることは出来たんでそこは良かったと思ってます。(全日本出場は)なかなか合わせ切れてなかったのもありますし、まだ調子が上がってないのもあったんですけど、出るからにはしっかり頑張ろうって。選んでいただいたんでせっかく。その時チームメイトが応援来てくれるってことになったんで、僕が主将になってから1年間、全日本というものをチームに経験させてあげられなくて、去年も経験できなかったんで、大会の雰囲気だけでもチームメイトに味わってもらえたらって思ってたんですけど。それ以上に自分がなんか走ってるときにすごい応援してもらって自分が助けられたっていう思いがあって。そっから今日まで2週間だったんですけど、残り2週間もう一度本気で頑張ろうって。そこまでも頑張ってたんですけど、あらためて思わされて、自分がその雰囲気を味わわせてあげようというちょっと上からな考えだったんですけど。それを逆に頑張らないといけないって思わせてくれたチームメイトにはすごい感謝しています。もともと全然早い選手じゃなくてどんどん頑張れば頑張るほど結果が出るという魅力にひかれて、自分でものめり込んでいって、大学入ってからもこんなに頑張れたのは良いチームメイトに巡り合えたからと、本当に尊敬できるコーチや監督などスタッフの方々に出会えたからと思ってます。10年間やってきて本当に恵まれたと思ってます。それがあったからこそ成長できたんで、これからも後輩たちを応援していきたいと思います。(同期には)言い切れないんですけど、4年間本当に頑張ってくれてつらい時も支えてくれて、本当に同期のみんなは強い思いを持って、姿勢がすごい。走力の部分ではそれほどなんですけど、強い思いを持って過ごしてくれたんで、チームとしてはまとまりやすかったと思うし、いい仲間に出会えた。(後輩へは)今回はじめて走った選手も多くて、結果としては良くなかったけどそれをマイナスに考えるのでなくて、いい経験ができたと思うんで、そこをプラスに考えて、次に向けてまたステップアップしていけるように頑張ってほしいと思います」

▼小柳(1区)
「4年生とする最初で最後の試合なので、4年生に納得いってもらうレースがしたかった。僕の仕事は前が見える位置で渡すのが仕事だった。それを意識して、レースに望みました。(結果について)最低ラインが6番で、6番に入らないと全日本予選会の組配置とかも厳しいと思ってたので、結果については悔しいです。来年は今、けが人で強いのがいっぱいいるので、4年生としていいチームを作りたい。坂が走れなくて、走れないのはトラックのタイムよりも本人の持ってる力そのものなので、タイムに出ないようなところでのクロスカントリーとかの練習を取り組みたい。(来年度に向けて)チームとしては全国目指して頑張りたいです」

▼笹部(2区)
「自分がチームの足を引っ張ってしまったかなと思います。どの順位で来ても、必ず笑って肩の力抜いて、自分自身のペースでいこうと思っていました。初めての丹後でまだまだ実力が足りてないかなと思います。2区で走ってる選手を見たら、最初5キロでハイペースで走ってその後の坂にも対応できる選手が多かったが、僕は最初の5000も15分50秒ぐらいで、そこから坂でダウンしてしまった、他の選手に比べて実力が足りなかった。(2区でのポイントは)6キロ通過してからの最後の坂が鬼門でした。(結果については)僕ら3回生が1年あまり走れていなかった。14分台で走れていたのも僕が夏休み前で、一個前に走っていた小柳が11月入ってからであんまり3回生がそろっていなかったのかなと思います。駅伝というのは 上回生が走れていないと、どんどん成績が落ちていく競技なのでやっぱり来年に向けて今回の結果を見ると上級生のトラックのタイムや、練習の成果をもっと上げていかないといけないと思いました。(次の大会に向けて)関西インカレの5000㍍も1万㍍の標準も切れていないので、まずはそこを切るところから始めたいです。次は僕が駅伝主将に決まっているので、まずは関西インカレの標準を切って、来年の全日本大学予選会の区間配置が不利な形になってしまいますが、それでも戦えるように1万㍍は30分30秒で5000㍍も14分35秒ぐらいで走れたらいいと思います」

▼村田(3区)
「4回生で初めての駅伝で緊張もあったんですけど、しっかり4年間頑張ってきたことの力を出しきりたい思いで挑みました。楽しめたところも、あったんですけど下りは走れて、上りは走れなかったというのはうまくいかなくて結果を出すのは難しいと感じました。(丹後駅伝は初めて?)駅伝は大学に入って初めて。しっかり決まったのは3日前です。可能性があるというのは聞いていて、決まったときはうれしかったです。でもそれ以上にそこで結果を出さないといけなかった。(プレッシャーは)そんなになかった。走れない人の分も背負って走ろうと思いました」