【野球】涙の最終戦 勝利で終える

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◇平成30年度関西学生秋季リーグ第8節対関学大2回戦◇10月21日◇わかさスタジアム京都◇

関学 000 000 010=1
関大 001 010 00Ⅹ=2

(近)黒原、小田―大上、山田
(関)肥後―高橋

「KANSAI」と胸に書かれたユニフォームを涙ながらに脱いだ。今年は聖地ではなく、京都で引退となった関大野球部。多田桐吾(人4)や太田健裕(文4)ら最上級生が泥臭く点を取り、次世代エース・肥後皓介(人3)が12奪三振の好投で、4回生に花を持たせた。ホームグラウンドさながらの大観衆が見守る中、最後は全員で肩を組んで逍遥歌を響かせた。

絶対的エース・山本隆広(人4)がベンチで見守る中、肥後は堂々とマウンドに立った。「4回生は最後なので、チームのために」と、初回から三者三振のこの上ない好スタートを切る。

そして、この日もリードオフマン・多田はチームのために打ち、チームのために走った。3回、転がった2球目を遊撃手の送球間に俊足で駆け抜け、内野安打で出塁。その後、2番阪倉涼太郎(社2)が犠打で送り、3番太田が内野ゴロに打ち取られたかのように思われた打球を執念でセーフにして、1死一、三塁の好機を演出する。ここで、3年の倉川竜之介(文3)の放ったあたりを遊撃手がさばいたはずが、相手二塁手が捕球ミス。その間に多田が帰還し、思わぬ形でチームにとって待望の先制点を手にする。

決勝点となったのは5回。このチームで最後にホームベースを踏みしめたのは、誰よりも努力し諦めなかった男・太田だった。「自分はSFではなく、周りの子らは高校も有名な子たちばっかりだったので、そこは割り切って、とにかく努力、練習量では負けないように」。2死の走者がいない場面で打席に立ち、狙った2球目。ボールは投手と一塁手の間に転がり、攻守交代かと思われた。しかし、太田はこの日もは諦めることなく一塁まで全力疾走し、塁上に立つ。次の倉川は「チャンスを作ってくれたので、(先輩を)帰そうと思った」と、初球を大きく振り抜き、右中間へと運んだ。それを見て、二塁を蹴り、相手右翼手がボールをはじいている間に本塁へと戻った。チャンスを作り、最後まで諦めない姿勢を見せつけた副将は、笑顔でベンチへと帰っていった。

その後、8回に1点こそ失ったものの、肥後は9回141球を投げ切り、掉尾(ちょうび)を飾った。試合終了のアナウンスの後、関大スタンドに向かって整列したナインの目には涙が浮かんでいた。「終わってしまった」(高橋佑)。「(4年生が)いなくなる実感が湧いた」(肥後)。決して納得のいく最後ではなかったが、「やりきれた」(多田)と、秋晴の空の下で爽やかに語った。

高橋佑主将率いるこのチームの戦いは終わりを迎えた。しかし、このバトンは次の世代へと引き継がれる。「負けるな。負ける悔しさを味わうな」。最後のミーティングで後輩たちに向けてこう言い残して去った主将。この背中を若き戦士たちはしっかりと目に焼き付けた。果たせなかった神宮出場、そして全国制覇への物語は、世代を代え、もうすでに始まっている。【文:中西愛/写真:中西愛、遠藤菜美香】

▼早瀬万豊監督
「残念で、期待してやっただけに、最後は関関戦で勝って、学歌と逍遥歌を歌って、4回生最後なのでね。勝てて終われたというのはよかった。勝って、代表決定戦いって、また神宮、応援団と一緒にね、生きたかったと思うんだけど、それは叶わなかった。よかった面もあるけど、悪かった面も残してくれて、それを下級生が課題を克服してくれればチャンスがある。(主将・高橋佑について)必死でまとめようとして、がんばってくれた。本人は守るのはしっかり守ってくれたけど、打つほうで納得いかないことがあったと思う。自分のせいで、みたいに責任を負ってるところがあったと話もしていたが、そんなことはなくて、みんなでやったことだし、結果は私、監督の責任でもあるので、それはもう勝つか負けるかの世界なので、最後まで全力尽くしてやってくれたので、4回生はこれから残りの大学生活と社会人で活躍してくれたら。ピッチャーのほうはバッテリー中心にしていて、エラーがちょこちょことあったのが残念やけど、全体的には抑えてくれて、3回生・肥後が素晴らしいピッチング見せてくれてますし、森(=森翔平・商3)とか高野(=高野修汰・商2)に来年楽しみに、期待。いかに点取るかがうちの課題。センターライン中心に4回生がずっとここんところ守ってるので、ほかの者には絶好のチャンス。結局、8勝5敗で終わった。完封負けを3つ、大事な近大戦と立命戦で点取れなかったのが、初戦取っておきながら、もったいないことをしているのでね。その辺が敗因だといえば敗因。(新チームはいつから始動?)チャレンジリーグが残っているのでそういうのも含めて、新しい体制を整えないと。キャプテン決めたり、幹部決めたり。1週間、それはかかると思うので。そこからですね」

▼高橋佑主将
「やっと終わったなという感じ。あと、勝てたんでよかったです。僕の代が終わってしまったなぁというさみしい気持ちと、やり切った気持ちが半々ぐらいです。(どんな気持ちで今日臨んだか?)応援がすごかったので、絶対勝ちたいのと、打ちたいのと。勝ちたいのが9割、打ちたいのが1割という感じですね。勝てればなんでもいいので。(主将を務めて)まじ、しんどいっす。しんどいというか、勝てへんかった時の悔しさの責任感が半端じゃないです。悔しい、しかないです。立命戦とか近大戦とか。3連覇懸かってたんで。余計。悔しいです。(プレッシャーは?)なかったと思うんですけど、ちょっとだけあったような(笑)(バッテリーを組んでいた山本について)まだ成長すると思うので。伸びしろあると思うので、これからもがんばってプロ野球選手なってほしいです。(後輩に向けて最後のミーティングで)負けるなと言いました。負ける悔しさを味わうなって言いました。負けて学ぶことがあるとか言いますけど、リーグ戦に関しては、負けて学んでたら優勝できないので。こんな悔しい思いはさせたくないので、後輩には。試合出てたメンバーが引っ張ってほしいと思います。肥後はバッテリー組んでて、めちゃめちゃいいピッチャーになったので、あとは自分を持って。たぶんあいつがエースになると思うので、引っ張ってほしいなと思います。(最後、握手を交わしていたが?)来年がんばれよと、勝て、と言いました。(今後の進路について)大阪ガスでまだ野球をします。光栄なことに。社会人野球っていうのは、やりたくてもできない人がいると思うんですけど、その人たちのためにも野球で結果をだしたい。野球で生活するのは今まで以上にもっと責任があると思うんで、やりたいっていうのもあるし。野球でどこまでいけるんかなぁって。自分の家も、僕の野球を見るのが趣味って言ってくれているので、まだ見さしたろかなって思います。(関大野球部の4年間を振り返って)1、2、3回と久米さん(=久米健夫・17年卒)っていう強者がいたんですけど、その人から学んで自分もキャッチャーとして成長させてもらって。4年目でやっと正捕手としてでれたので、久米さんから学んだことがたくさんあった4年間やったと思います。神宮行きたかったなぁ(苦笑)こんなに応援してもらってたのに。(関大の応援団は)関西一です」

▼太田副将
「(最後の試合どういう気持ちで臨んだか)チームスローガンに『悔いなき我が道を』っていうのがあるので、後悔しないように最後までやり切ろうと思ってこの試合に臨みました。(4年間でどんな努力をしたか)自分はSFではなく、周りの子らは高校も有名な子たちばっかりだったので、そこは割り切って、とにかく努力、練習量では負けないように2回の頃は自分のいいところを伸ばして、指導者にアピールしました。3回でレギュラーになれたんで、諦めなかったっていうのが一番大きい。(自分の良さは)ポジティブなんでどれだけ失敗しても次があるから頑張ろうと思ってやれる。失敗ありきの成功やと思うので、ポジティブな気持ちでずっとやりました。(副将としての1年間について)プレーで引っ張るっていうよりは、1、2回生のときにしんどい経験をしているので、下級生と上級生のバランスを保つために副キャプテンをしていました。(関大野球部での4年間を振り返って)どちらかと言うと、苦しかったり、悔しかったりすることのほうが多かったけど、その分神宮行ったときの喜びは大きかった。苦しんだ分だけ、大きな喜びを得られた4年間でした」

▼山本
「悔しいことのほうが多い1年でしたけど、最後のシーズンはしっかり投げれたのでそこはよかったです。負けてしまった試合もあって、リーグ戦優勝できなかったことは悔しい部分があります。(副主将として)高橋、太田、学生コーチの藤井と、その3人がしっかりしてくれていたので、僕は怪我明けっていうこともあって、プレーに集中することができたので、その幹部のおかげだと思うので。副キャプテンらしいことができたかはわからないですけど、練習する姿勢とかを後輩に語り継げていけたらと思います。(4年間振り返って)つらいこともありましたし、いい経験もさせてもらった4年間だったので、かけがえのないものだったと思います。(後輩に向けて)直属の後輩は倉川なんで。倉川に1番がんばってほしいというか、今チームの4番として動いてくれているので、倉川が打って勝てる試合を増やしてほしいのと、肥後も小学校の頃から知っているので、成長できてるとベンチから見てても感じますし、2人がチームを引っ張っていける存在になってほしいと思います。(進路に関して)ドラフト待つだけなので。そこから指名されなかったら指名されなかったで、進路のほうも決まっているので、待とうかなという感じです。待つしかないです」

▼多田
「(今日をどんな気持ちで臨んだか)4回生の集大成というのもありますし、なによりも感じてたのが昨日勝ったとき、学歌歌ってるときに、スタンドの多さとか声の大きさ、姿勢とかを見て、なんとか2勝で終わらせたいなという気持ちがすごく強かった。2戦で気持ちよく勝って、みんなと写真撮ったりとかそういうことしたいなって思ってたので、今日勝てたことは非常に良かったですし、内容的にも非常に良かったと思います、この2日間。優勝はできなかったですけど、そういう面では最後やりきれたかなと。(打席について)1打席目はひっかけたのがチェンジアップだったんですけど、真っすぐがそこそこきてて。黒原くん、すごくいい球持ってるので。それに振りまけたらいけないというのが頭の中でずっとあったので。だからといって無理に引っ張ろうとしたらさっきのチェンジアップみたいになるので、そこをうまいことレフト方向にもっていきたいなと。詰まっていても、という気持ちがちょうどショートの内野安打に繋がった。(引退の実感は湧いている?)最後だからグラウンドに立っていたかったんですけど、バントで足をやってしまって。でもそれよりも肥後のがんばりとか、応援とか、いろんなことを考えてると、今まで自分が試合にずっと出てきてたんで、そういう応援する立場というか、ベンチから応援をする立場っていうのもなんかいいなっていう風に感じて。普通やったら悔しいはずなったんですけど、なにかすがすがしいというか気持ちがいいというか、非常にいい光景を見れたかなと思いますね。(4年間を振り返って)ほんまに山あり谷ありという感じですね。野球はバッティングとかは水物なのもありますけど、その場その場の環境でいろんなものが変わってくるものもありますし。相手ピッチャーも変わってきますし、自分の体調もありますし。いろんなことを考えてる中で、その山あり谷ありの中で、どうやって自分が波を大きくしない、平均の波をちっちゃくできる選手になりたいというのもありました。非常に、4年間いろんなことがあったなという風に感じてますね。でも、この4年間で得たこと、よかったことは、応援のすごさとかをすごく感じれましたね。高校の時とかだったら、甲子園に出たらブラスバンドとかはありますけど、地区予選ではないですし。野球部が応援しているのではなく、応援団という組織があって、自分が試合にでるわけでもないのに、やる可能性があるわけではないのに、応援するだけの立場なのに、あそこまで真剣にやってくれる人たちがいるんだなっていうのを、この大学野球で感じれたので、それが僕の中では1番いい財産になったかなと思います。(進路について)神宮に行けなかった悔しさというよりかは、中学校から高校、高校から大学、大学から社会人になるにつれて、野球をやれている人数が少ないので、もちろん減っていくので。太田とかも、試合出てるにも関わらず、もう(野球人生から)あがってしまうので、そういうことを考えたら、今自分が野球やれていることの大切さとか嬉しさをもっと噛みしめて。悔しさというよりかは、みんなの気持ちを次のステージに持っていけたらという風に感じてます。勝ち負け大事ですけど、それ以外にも必要なことありますし、関大ではそれを感じれる団体なので、応援団を含め。負けはしましたけど、得れるものもあったので、いっぱい。前向きに捉えて、次のステップを踏めたらいいかなと思います。正直な話、ベンチにいる者はライバルだと思っているので。勝ちたいので試合の時は応援しますけど。普段はそんなこと気にせず、ずっと自分が1番にいるであったり、セカンド守ってるであったり、ベンチにいるやつらは敵だと思っている。スタンドとか応援してくれている人たちに関しては、感謝の気持ちを持ってプレーすることも大事やなと思っているので。そこは、割り切ってます。
(野球続ける理由は?)自分でもそれは謎(笑)結構悩んでるときもあって、関大来て一般就職でもええやんっていう時期もありましたし、正直。ある意味人のためですよね、僕が野球やっている理由って。もちろん自分が結果出たときは嬉しいですし、勝ったときも嬉しいですし。でも、その前に、勝つためには練習、練習するためには自分のためっていうよりかは、ほかの人たちのことを考えたときにやらないといけないっていう。根本的に考えたら、周りのためにやってる野球なのかもしれないです。でも、やめるってなったら、たぶんまだやりたかなって思うと思うので、自分のためでもあるのかもしれないです。自分のためにって考えないほうがいいと思います。自分のためってなると挫折すると思うんです。そこを誰かのためにって考えたら、まだやらないとってなります。社会人野球で2年間プロ目指してがんばりたいと思ってます。それが無理やったら安定を求めたりするので。日本生命さん非常にいいチームなので、そこでいい人間になれるようにがんばります」

▼古川陸(商4)
「(どう臨んだか)最後なので、失うものないので。全員で最後、逍遥歌歌って終わろうって言っていたので。応援してくれている人たちにも、勝つことが恩返しだと思ってるので、そういう気持ちで臨みました。(結果をみて)全然です。今までの野球人生で1番だめな結果で、情けなかった。打てないですし。僕が打っていたら勝っていた試合も多かったので、ほんとに申し訳ない気持ちはあります。なにがだめなのかもわからない状態で、考えても一緒だったので、とりあえずバット振って、振り込んで振り込みました。(最後の打席について)田尻先生のほうから、『最後になるかもしれんから、悔いないように振ってこい』と言われたので、悔いないように思いっきりスイングしてがんばりました。(4年間を振り返って)関大野球部に来てよかったなと思いますし、メンバー以外の方々にもサポートしてもらってますし、非常に団体としていい団体だなっていう風に思ったので、全然後悔はないです。すごく充実した4年間で、監督さんも結果出ない自分をずっと使ってくれていたので、そこはチームとして最後勝てたので、そこで恩返しできたかなと。2年連続で神宮先輩行ってて、それも自分が試合に出させていただいてたんで。そこで関東のチームに一勝という目標もかなえたかったんですけど、自分らの力不足というか、そういうので行けなかったので非常に悔しいというのがあります。(同期の4回生に向けて)ありがとうしか言えないですね。(進路について)自分の唯一の取り柄で、野球やらへんやつの分も、『関大』っていうのを背負ってやっていきたいと思ってます」

▼濵田駿(法4)
「(振り返って)4年間あっという間に終わったなぁって。楽しかったです。同級生もおもしろいですし、和気あいあいと。最後は2連勝で終われてよかったです。でも神宮行きたかったです。(後輩に向けて)がんばれ、がんばって勝て。(進路について)野球を続けます。奈良のほうで。やりたいので」

▼平大空(人4)
「(どう臨んだか)僕自身、野球を引退するので悔いが残らないようにやろうと思って臨みました。(どういう指示で守備に入ったか)最初、チャンスだったら代打でバントとかの指示があったけど、前のバッターがたおれてしまったので、守備に集中しました。相手のバッターがクリンナップだったので、長打警戒っていう指示はされました。(4年間でどんな努力をしたか)内部推薦で入学したけど、高校のときからレギュラーじゃなかった。最初、ショートを守っていたけど、古川もいたので、外野手に転向するっていうのを選んでチームに貢献することを考えました。プライドもあったけど、そんなことを言っていても仕方がないので、チームに何が足りていないかを考えて、外野手が手薄だったので転向しようと思いました。(関大野球部での4年間を振り返って)応援団っていう大きな組織があって、すごい後押しされることが多かった。そこに感謝しつつ、自分たちのプレーに集中することができました。関大に入ってよかった」

▼肥後
「(どういう気持ちでマウンドに上がったか)4回生が最後なので、チームのためにやろうっていうのは思ってました。(最後泣いていたが?)さみしかったから。(いなくなる)実感わいてます。4回生にはいいものを残してもらいました。(新チームについて)メンバーに入ってる人たちが特に頑張って、今年神宮に行けなかったので、全国で勝てるチームを目指します。全国制覇します」

▼倉川
「(どう臨んだか)4回生とできる最後の試合で、なんとしても勝ちたいという気持ちで臨みました。チャンスで回してくれたので。打点稼げてよかったです。(3回の打席について)3塁ランナーに多田さんがいて、足速かって、ゴロ転がせば1点入るのはわかってた。正面行きすぎてアウトなるかなと思っていたんですけど、エラーしてくれてよかったです。(5回の打席について)2アウト一塁からだったんですけど、長打狙ってもいい場面だったので、初球からフルスイングしていこうと。(先輩がランナーにいる場面での打席だったが?)多田さんも太田さんも出塁率すごく高くて、ほとんど僕の前でランナーで出てくれてて、僕と5番で打てれば帰せるチャンスは作ってくれてたので、それは帰そうと思ってました。(試合が終わって)目標としていた神宮が行けなくて、すごく悔しいんで、来年は春も秋も絶対神宮行って、神宮で終われるようにがんばりたいです。(新チームはどんなチームに?)最後のミーティングで高橋さんも言っていたように、勝てる集団っていうのをつくっていきたい。僕とか松島(=松島恒陽・人3)とか里(=里泰成・総情3)とか、試合に出てた3回生が中心となって引っ張っていかないといけないと思うんで、チーム作りしていきたいです」