【コラム】チャレンジリーグ企画③~Next Player 坂之下晴人~

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春季チャレンジリーグで活躍した選手を取り上げるこの企画。第3弾は坂之下晴人選手(人1)です。

―野球を始めたきっかけは?
 兄貴が2人いるんですけど、ソフトボールやってて、それを幼稚園の時からついて行ったりしてて。小学校の時はソフトボールで、中学校から野球になりました。

―長所と短所を教えて下さい。
 長所、なんやろ守備かな(笑)。あとは明るい!短所は、アホ。勉強できないです。英語とか特に。学校は好きです。体育とか多いんで楽しいです。けど走るのはあんま好きじゃないです。中学校の時から走ってました。中学校から鬼みたいな環境で、野球「やらされて」ました。中学校の時は野球嫌いやったし。

―なぜ続けられたんですか?
 なんで・・・。心の底、心のどっかではやっぱ野球好きでした。

―関大の野球部はどうですか?
 練習自体の時間が結構高校と比べたら全然少なくて、その代わり自由時間っていうか自主練の時間が多いんで、そこをちゃんとしていかないといけないな、とは思ってます。

―関大に来て良かったと思うところは?
 環境が良いですね。実家から通いなんで、高校の寮よりは楽ですね。

―変わってる練習はありますか?
 全体アップですかね。(他大学は)みんな各自でアップとかしたりするらしいんですけど、関大は全体アップで。高校の時も全体アップだったんでそこは何とも思わないんですけど。(高校の)監督が関大の方なんで、練習のやり方が結構似てますね。

―チャレンジリーグを振り返っていかがですか?
 チャンスで打てないことが結構あって。そこで打ててたら楽に勝てた試合もあったと思うんで。どうでもいいとこでのヒットが多くて、打点があんまないんで、ここっていうとこで打てるようにならないと、って思います。

―守備と打撃はどちらが自信ありますか?
 打撃はあんまり。守備の方が8:2くらいです。高2くらいまでは打つ方が好きやったんですけど。試合に出るようになってから守備の方が好きになりましたね。でも守備とかは試合に出ないと機会ないし、そこまでいくにはバッティングが必要になってくるんで。これからやらないといけないのはバッティングかなと思います。

―どんな瞬間に「野球してて楽しいな」って思いますか?
 (守備中にボールが)飛んできたときです。

―憧れの選手はいますか?
 守備やったら菊池選手(菊池涼介=現広島東洋カープ)ですかね。

―オフの日は何をされますか?
 この前の長期オフは、中学校の練習に行ったり、最後の方は高校の練習に行きました。普段の休みの日は寝てるか、実家が焼き鳥屋なんでたまに手伝ったり。特にこれといったことはしないです。あとは整骨院行きますかね。オフも学校があるんで、それくらいです。

―大学での目標は?
 チームとしては全国制覇。個人としては関西学生で1番いい野手というか、日本代表ですね。高校の同級生と「日本代表なろう」って話したりするんで。「二遊間もう1回組もうよ」っていうのは言ってます。


△坂之下(中央)

―高校に入ったきっかけは?
 元々大阪の高校が良くて。PL(PL学園高)に入る予定が、募集停止になったんですよ。大阪にこだわりがあったんで「PLなかったらもうええわ」って高校野球やらないつもりだったんですけど、桐蔭から連絡あって。桐蔭だったらやろうかなって。入ってみて、みんなえぐかったです。2、3年生のシートノック見た時とか。今考えたら普通なんですけど、高1なりたての僕らが見た時は、次元が違いました。

―独特な練習はありましたか?
 夏前の追い込みとかですかね。厚着してマスク付けて走って。1週間ごとに違って、グラウンド10周の週と、山走る週と、芝走る週と。どれも地獄です。着替え2セット持っていかないと、汗がえぐすぎて絞れます。

―つらい練習をどうやって乗り越えていましたか?
 これさえ終わったら甲子園行けるって思ってたんで。しんどかったけど、同じことをするから日が経つのは早かったです。1年と2年夏で行けてなかったんで、3年逃すのは違うと思って。今後の大阪桐蔭にも影響出ますし。プレッシャーは半端なかったです。

―3年生でセンバツ優勝した時はどうでしたか?
 嬉しかったです。決勝は履正社と大阪対決だったんですけど、正直勝てるか分からなかったし。勝つのと負けるんでは天と地の差って言われてて。だから勝って嬉しかったけど、「夏勝たないと意味がない」って言われてたんで。次の日も普通にバリバリ練習で、優勝した感じはなかったです。

―監督から褒められたりもせず?
 なかったです。褒めたら調子乗るからですかね(笑)。でも夏終わった後はめっちゃ褒めてくれました。「1番いいチームやった」みたいな。(それまで)めちゃめちゃへぼいって言われてたんですよ。

―レギュラー入りのきっかけは?
(2年の)秋前まで全然レギュラーじゃなかったんですけど、たまたま「じゃあお前行け」って時にホームラン打って。勝負強さはあったと思います。背番号は一応一桁だったんですけど、センバツ前のオープン戦も1回も試合出ることなく控えでした。

―ずっと二塁手を?
 秋までサードとショートしかやったことなくて。2年の「お前行け」みたいな時が、練習なしの初めてのセカンドでした。練習試合ですけど、たまたまファインプレーして。ショートに教えてもらいながらやってました。難しかったです。

―守備面で他の人にライバル心もありましたか?
 そうですね、他の高校とか試合しとったらセカンド見て比べてまうし。二遊間としても比べてまうし。守備に関しては敵対意識っていうか、結構比べてました。

―記憶に残っている試合は?
 最後の試合(対仙台育英高戦)ですかね。夏の甲子園負けた時。普通に(一塁手の中川卓也=現大阪桐蔭高が)ベース踏んでアウトと思って整列行こうとしたら、審判が何か言ってて、セーフって言われて。そして四球で満塁になって、左中間抜かれたっていう。打たれた瞬間はほんまに頭真っ白になって。スコアボード見て2xって入ってて、みんな泣いてたんで「あ、これ終わったんや」って多分一番最初に泣いてました。勝てると思ってたから余計悔しかったですね。

―2017年のセンバツ大会の決勝(対履正社高戦)では本塁打を打たれていますよね?
 はい、打って、ボール見たらこうやって(観客が手を挙げてボールを待ってて)。それはもう忘れられないです。でもホームランよりファインプレーとかの方が嬉しいです。

―2017年のえひめ国体の1回戦(対済美高戦)では逆転サヨナラ本塁打を?
 金属バットだから飛んでったみたいな感じですね。1、3塁で1点差で負けてて。タッチアップくらいでいいかなって思ってたんですけど、飛びすぎました。狙ってなかったです。けど、打った瞬間は「いった」と思いました。それでサヨナラって頭になくて、普通にホームランだと思ってたらみんなホームベースで待ってたんで、「あ、これサヨナラやったんやな」って。

―スランプはありましたか?
 甲子園前の1~3月ですね。甲子園の直前まで、シートバッティングで9打席連続三振とかありました。試合も15打数1安打とか。

―どのように打開しました?
 いや、できなかったです。秋はレギュラーだったから、甲子園に友達とか中学校の監督とか見に来るじゃないですか。そんなん考えたらもう病んでました。試合前もえげつなく緊張するんで、初めての甲子園は、人見た瞬間吐くかと思いました。

―引退後は?
 国体のメンバーだったんで、僕は毎日練習行ってました。国体の後も。でも冬に足のじん帯やって(けがして)。ギブス取って1週間で関大の練習始まりました。けがで練習やらんのは嫌なんで。高校の時けがで休んで、練習見とってめっちゃうらやましかったですし。

―今のチームメイトとは戦ったりも?
 俺が(3年夏の)甲子園であと1回勝って、野口(野口智哉=人1・鳴門渦潮高卒)が1回勝てば、野口と甲子園で対戦でした。久保田(久保田拓真=社1・津田学園高卒)とはえひめ国体で。

―高校野球に戻りたいですか?
 戻りたいです。後輩の試合とか見とったらうらやましいし、もう1回やりたいです。もう1回甲子園優勝したいです。今度は夏。できてたんで絶対。

―ありがとうございました!【取材/構成:松山奈央、写真:中西愛】

◆坂之下晴人(さかのした・はると)
2000年(平12)2月28日生まれ、大阪桐蔭高出身。171㌢、78㌔。右投右打。ポジションは二塁手。人間健康学部。趣味はゴルフ。好きな食べ物はすし。