【アイススケート】宮原が関大に凱旋!五輪での体験や世界選手権への意気込みを語る

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◇宮原知子選手平昌オリンピック凱旋報告会◇3月8日◇関西大学BIGホール100◇

先月、平昌五輪で自己ベストを更新する会心の演技を披露した宮原知子(文2)が関西大学に凱旋。報告会で、カンスポが公開インタビューを実施した。現地での貴重な体験談や、今月イタリア・ミラノで開催される世界選手権大会への意気込みを語ってもらった。

【宮原知子カンスポ公開インタビュー全文文字起こし】
※質問と宮原選手の言葉は読みやすいよう、一部編集しております。ご了承ください。

――宮原さん、本当にお疲れ様でした。
宮原 ありがとうございました。

――オリンピックからしばらく経ちまして、今、振り返られていかがですか?
宮原 やはり、オリンピックという特別な舞台なので、本当に緊張するんだろうなと想像しながら現地に行ったんですけど、想像以上に何もかもが楽しくて、緊張よりもワクワクを感じながら滑ることができたので、団体戦のショートから個人戦のフリーまで自分のベストが尽くせたかなと思います。

――オリンピックは4年に一度ですし、けがをされてからまずは出場をするために照準を合わせてきた大会ですが、その舞台でベストが出せた要因は何でしょうか?
宮原 オリンピックに出場したいっていう気持ちが一番強くて、全日本選手権に向けてけがをしている間は頑張ってリハビリしたり練習したりしていたんですけど、オリンピックに出場できるって決まって、行くだけでは意味がないと思っていたので、しっかり自分のやってきたことをここで出すしかないって思いながら、絶対にいい演技をしたいという強い気持ちを持って臨むようにしたので、それが良かったのかなと思います。

――実際滑られて、オリンピックは他の会場とは違いましたか?
宮原 雰囲気はそれぞれ各国の国を挙げての応援だったり、普通の試合にはないような特別な雰囲気っていうのは感じたんですけど、あまり「特別な場所」っていう風に思いすぎないように自分はしていたので、「いつも通りのことをやる」ということをずっと考えながら試合では滑っていました。

――オリンピックの舞台で実際に演技されているところを拝見したのですが、すごく楽しそうというか、その場にいられることをかみしめているように思えたのですが。
宮原 演技中は、一番は技術的なことにしっかり集中してやらないといけないということはずっと考えていたんですけど、それ以外にも表現の面がすごく点数に関わってくるので、そこで自分の練習してきたことを思いっきり表現しようと思って、とにかく楽しむことを意識して滑りました。

――「ベストを尽くす」とずっとおっしゃられていて、結果自己最高得点を出されたことで、有言実行という形になりましたが。
宮原 自分のやるべきこと、できることはほぼできたんじゃないかなって思っていて、この大きな舞台で自分のベストが尽くせて本当にうれしかったですし、支えてくださった全ての人に感謝の気持ちでいっぱいです。

――では、競技以外のこともうかがっていきたいと思います。選手村で生活されていたと思うのですが、選手村はどうなっているのでしょうか?
宮原 まず、選手村に入るためのセキュリティチェックがあって、選手村の外に出たりとか外から帰ってきた時は必ずセキュリティチェックをしてから選手村の中に入って、入り口のところにはお土産物屋さんがあったり、コンビニエンスストアだったりそういうお店のあるエリアがあって、宿泊棟とか食堂とか、そういうものがある中に、レクリエーションセンターとかジムがあって、凝縮された町みたいな場所です。

――レクリエーションセンターというのは、どういう施設なのですか?
宮原 選手が気分転換に色々楽しめる場所で、卓球とかエアホッケーとか、マッサージチェアが20台くらい並んでいる部屋もあって、リラックスのために利用できる場所になっています。

――宮原さんも利用されたのですか?
宮原 はい。先生たちと試合の前の日に卓球したりしていました。

――選手村に寝泊まりもされていたと思うのですが、同室は坂本花織選手(シスメックス)だとうかがいましたが。
宮原 1つのマンションの部屋みたいになっていて、リビングと個室が3つなんですけど、1人部屋の個室に私と坂本選手がそれぞれ入って、もう1つは2人部屋の個室でペアの須崎選手(須崎美羽=木下グループ)とアイスダンスの村元選手(村元哉中=木下グループ)がその部屋を使っていたので、4人で1つの部屋を使っていました。

――一緒に部屋を使われていた方との思い出はありますか?
宮原 試合の時はどうしても、時間がそれぞれ違うのであまりゆっくりと話す時間はなかったんですけど、団体戦の時とかはその日に試合がある人以外は応援に行くので、みんなで一緒にバスに乗ったり、「応援頑張ろうね」って言ったりとかはしました。

――他競技の選手との交流はいかがでしたか?
宮原 日本選手団の宿泊棟で、全競技が同じ宿泊施設なのでよくエレベーターですれ違ったりとかそういう機会があって、様々な競技の選手とあいさつをしたりできたんですけど、特にスピードスケートの高木菜那選手(日本電産サンキョー)、高木美帆選手(日体大)、小平奈緒選手(相沢病院)は試合も1度だけ見に行く機会があったので見に行かせてもらって、色んな話をさせていただきました。

――競技終了後から帰国まではどんなことをされていたのですか。
宮原 競技自体がお昼だったので、夕方からは解放された気持ちで選手村の中でゆっくりお土産屋さんを見たりとか、そういう時間を過ごして次の次の日にエキジビションがあったのでその練習をしたりとかしながら過ごしていたんですけど、帰国した次の日に解団式があったので、東京で宿泊してそのまま解団式に行きました。

――お土産はどのようなものを買われたのですか?出発前に韓国料理はお土産で楽しみたいなということをおっしゃられていましたが。
宮原 実際、選手村以外にお土産を見たりとか、そういう時間が全くなかったので、平昌五輪のグッズでフィギュアスケートの柄のピンバッジとかタオルとか、そういうものをお土産にしました。

――韓国料理は食べられなかった?
宮原 そうですね…。本格的なものは時間がなくてトライできなかったので、もし次韓国に行く機会があったら楽しみたいです。

――世界選手権が間近に迫っていると思いますが、平昌五輪で得たこと、感じたことをそのように生かしていきたいか教えてください。
宮原 オリンピックという大きな舞台で、自分のベストの演技ができたことはすごく自信になりましたし、もっと自信を持っていいんだということも感じることができたので、今回のオリンピックの演技を一番底辺にして、もっといい演技ができるように世界選手権ではまた気を引き締めて頑張りたいと思います。